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「800字文学館」

喉の内視鏡検査

斉藤 征雄

 毎年1月に、人間ドックに入ることにしている。この歳になれば当然のことながらいろいろ問題点がみつかるが、幸い今のところ即入院を要する事態には至っていない。
 その免罪符を手に一年間、安心して酒が飲めるのである。

 そんなわけで今年も順調に過ごしてきたが9月のある日、起きると喉の痛みを自覚した。風邪かな、と思ったが他に自覚症状はない。そのままにしていたが翌日になると唾を飲み込んでも痛い。こんなことはここ何年も記憶にない。
 そういえばいつごろからか刺激のある物を飲んだり食べたりすると、喉に違和感を感じるようになった、ような気がする。この痛みもどうもその箇所が腫れてきたせいのようだった。それに最近カラオケの声の調子もイマイチなのを思い出した。
 カミさんに言うと、案の定すぐに医者へ行けと急き立てる。

 かかりつけの近くの病院ではなく、人間ドックを受けている新宿の国立医療センターへ行った。外来で症状を告げると耳鼻咽喉科へ回される。
 喉の患者は私だけ。予定外だったらしく、一時間ほど待たされてようやく診察が始まった。
 若い女性の医師だった。「どんな状態ですか?」と聞きながら、すでに内視鏡の準備を始めている。「喉の奥に悪性のものでもできたのかと…」
 内視鏡を鼻から入れると言うので「あ、私は鼻中隔湾曲症なので通りが悪いですが…」「そういう方は逆の方は広いから大丈夫です」と言って画面を見ながらどんどん突っ込む。
 撮り終えて映像を見ながら説明があった。「ここが喉の奥です。声帯が見えますね」「はあ」「赤く炎症を起こしているところがありますが、それ以外に特に問題はありませんね」「ガンは?」「ないです。風邪でしょう」

 諸行無常、生あるものは必ず滅す。などと言ったところで、病老死を目前にした時の心の乱れには何の役にも立たないことを実感した。この若い女性医師の方がよほど菩薩に見える。
 かくして取り敢えず、年末までは酒が飲めることが確定した。

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