作品の閲覧

「800字文学館」

半減期

池田 隆

 宮内庁のホームページを開くと、翌週水曜日の皇居見学の枠が二名分だけ残っており申し込む。13時30分開始で10分前までに桔梗門へ集合とのこと。会社時代の親友Hさんを誘うとぜひ同行したいという。彼とは同い年で、退職後も時々一緒に史跡巡りや博物館などへ出掛けている。
「12時20分に都営三田線大手町駅のD2方面改札口で落ち合い、近くで食事を取って皇居へ」とメールで打ち合わせた。当日早めに出掛け地下街の飲食店を物色し地上へ出ると、爽やかな空気に皇居の眩しい緑。噴水脇のテーブルにしようと、二人分のサンドイッチとコーヒーをコンビニで買い求めておく。
 12時20分、いそいそと改札口へ出向くがまだ来ていない。数分おきに到着する電車に次か次かと目を凝らすが、その度に空しく裏切られる。携帯電話も通じない。ホームと地上を往復し周囲を見渡すが姿はない。ついに13時15分となり、悄然と桔梗門へ向った。御門近くで彼から電話が入り、平然とした声で「今D2出口にいるがどう行けば良いか」と訊いてくる。
 やっと間に合い一安心。初めての皇居見学を二人は堪能するが、いつもなら「遅れて御免ごめん」と謝る筈の彼が、サンドイッチの袋を渡してもキョトンとしている。一時間も遅れたことにまだ気づいていない様子だ。いや此方が「13時20分に改札口で」とメールしたのだろうか。言い出すのを躊躇う。

 見学終了後には桜田門傍のベンチで夕暮れを眺めながら話が弾む。話題は平成天皇、ブラックアウトと跳び、福島原発の跡地活用法から半減期へ。「そう言えば我々と同年生まれの男性もほぼ半数が既に死んだ勘定だ。最近は物忘れや勘違いばかりしているが、仙厓の禪画のように老いを笑い飛ばしたいね」と同病相憐れむ。
 後刻お礼のメールが届くが、遅刻の件には触れていない。私の送信メールを確認するがOKである。だが多分私も同様の「自覚なき勘違い」を何処かで仕出かしているに違いない。
 それが「人の半減期」である。

作品の一覧へ戻る

作品の閲覧