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「800字文学館」

「カレーズ」は枯れず

大津 隆文

 今年九月、長年の夢であったシルクロードツアーに参加した。行程は上海、蘭州経由で新疆ウィグル自治区の首都であるウルムチへ飛び、以後一週間、バス、高速鉄道を利用して、トルファン、敦煌、河西回廊を経て蘭州へ戻るというコースであった。走行距離約2000キロで少々疲れたが、貴重な歴史遺産、雄大な自然景観に接することができ内容的には大満足であった。
 中でもトルファンで初めて見たカレーズという地下水路には感動を覚えた。トルファンは年間降水量16ミリという砂漠の中の街だ。その水源は天山山脈の雪解け水だが、砂漠の上を流れる水は途中で砂に吸収されたり蒸発してしまう。このため、まず山麓周辺で地下の水脈まで井戸のような竪穴を掘り、そこから今度は横へトンネルを掘って街の方へ水を引いていく。2、30メートル間隔で竪穴を掘り土砂を取り出しながら伸ばしていく。これをほとんど人力だけでやるのだから大変だ。
 現地ガイドの話ではカレーズ一本の長さは平均五キロで約千本もあるとのことだ。総延長は5000キロに達し、万里の長城(総延長約6000キロ)に匹敵する大土木工事であったことになる。これが長城のように皇帝の命令一下、帝国の総力を投じて築かれたのではなく、歴史的には無名の人々によって築かれ、砂漠に住む人々の命の水を確保し生活を支えてきたのだ。
 「カレーズ楽園」という施設で実際にカレーズを見学した。地下へ降りていくと足元の透明なアクリル板の下を何百年前と同じ清冽な水が滔々と流れている。「皆さん、カレーズとは日本語で枯れない水という意味ですよ」と言ったのはジョーク好きのガイド氏だった。
 トルファンはこのカレーズのお蔭で、ぶどう、ハミウリ、綿花等の産地になっており、とくにぶどうが有名で最大の地場産業だ。唐代の詩に「葡萄の美酒 夜光の杯 飲まんと欲して琵琶馬上に催す」と詠われたぶどう酒はこの地の産であったのだろうか。

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