「北斎インパクト」と美声

川口　ひろ子

　藤谷香奈枝さんは数年前から私たちオペラ好き八人が応援している若手ソプラノ歌手だ。先日の定例ランチパーティーで「こんなの頂戴しちゃいました」と披露してくれたのはドイツから送られてきた賞状だ。NHKが制作したドキュメンタリー「北斎インパクト世界が愛した超絶アート」がかの地で優秀賞に輝いた。彼女はボーカルでこの番組に参加していたのだ。

　帰宅して録画映像を見る。
昨二〇一七年夏にロンドンの大英博物館で開催された「北斎展」は、来訪者が十三万人を超えるという一大イヴェントであった。
　これと時を同じくしてNHKは、北斎の浮世絵が西欧社会に与えた影響の強さを追求した番組「北斎インパクト」を制作。なぜ北斎の浮世絵が超絶アートなのか、なぜ西欧の人々が彼に熱狂したのかを徹底的に調べ上げた。放送時間一時間半に及ぶ大作は外国人向けの番組とのことであるが、国内では昨年十月にBSプレミアムで放送された。
　内容の一例としては、通常のTVの十六倍の性能を持つという八K超高精細カメラを使用して、大英博物館所蔵の北斎作品「赤富士」を調査分析した。
　北斎の刻々と変わる光の表現方法が、印象派の幕開けと言われるモネの油絵「印象日の出」にどのような影響を与えたかを、二つの絵を並べて検証、モネは何を学びそれをどう表現したかを解説している。
　また、イギリス、フランス、オランダ、フィンランド他、ヨーロッパ各地を取材しそのインパクトの凄さを語る。影響は絵画だけではなく、工芸、ファッション、アニメ、そしてポーランドを独立に導いた社会思想にまで及ぶという。

　要所々々で流れる清楚なソプラノのメロディは、外国人向けの濃厚な解説のナレーションを理解できず焦る私の心を鎮めてくれる。控え目な伴奏音楽であるが、ボーカル部分のみを意識して聴くとこれはまさに厳しく訓練された現役オペラ歌手の声、そう！天賦の才能を引っ提げて勢いよく駆け上がるわれらが藤谷香奈枝さんの声だ。