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「800字文学館」

ジューソーのネエちゃん

首藤 静夫

 藤田まことが若かった頃の人気舞台喜劇「てなもんや三度笠」。毎週、テレビで彼が「ジューソーのネエちゃん」と連発していた。ジューソーは大阪の歓楽街らしいが縁がなかった。  最近格安旅行で関西にいく。旅行社から指定されるホテルのひとつに「十三」の地名を見つけた。ジューソーだった。

 阪急の十三駅で降りる。駅前は一杯飲み屋がずらりと並び、昭和の光景が広がっている。「ふぐや」の暖簾の大衆酒場が目に入った。値段が気になるが旅行者の太っ腹、暖簾をくぐる。  店内は満卓。だが店のおネエさんの計らいで、奥に急造の一卓ができた。
(まあ、ここで仕方ないか)
 どの卓もふぐ、ふぐ、ふぐ。鍋の湯気が心地よい。品書きにはふぐのコースが3,280円、すぐに注文。
 アテに出たふぐ皮の湯引きの旨いこと、これで一本は飲めそうだ。ところがコースの最初にまたふぐ皮だ、しかも今度は脂身が多い。あとの料理が気になる。
 刺しや唐揚げの次に待望の鍋。先ほどのおネエさんがこれをコンロに乗せ、
「マッチ置いてくね、適当な時につけてね」
 えっ、自動着火じゃないの? 自分でつけるの? しかも大きな徳用マッチ。
 これを最後に使ったのはいつだろう、前世紀は間違いない。
 注文のひれ酒も来た、これもそのマッチでやれという。はいはい分かりました、雰囲気に慣れて気にならなくなった。
 奥から寒い風。誰かが入ってきた。奥と思っていたが、出入口は両方にあったのか。闖入者は脇のトイレに、終わるとそのまま出ていった。今度はアベックがまた闖入、分かれてトイレへ、使用後出て行った。次は板前風の男がまたまたトイレへ。気持がそっちに移って落ち着かない。
(何だいここは。俺は便所の番人かよ)
 それでも料理がまずまずなのに気を取り直す。結局ビール一本と三合飲んでお勘定。帰りしなにおネエさん、
「トイレの近くで悪かったね。このトイレ、隣と共同なのよ。少し引いとくね」
 次回の大阪も十三に泊まり、このふぐ屋にしよう。

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