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「800字文学館」

蝕まれる家

新田 由紀子

 自慢するような家ではない。築25年の4LDK、狭い庭を巡らせたマッチ箱だ。敷地がせり上がっていて、構えは堂々と見えなくもない。「お宅さぁ、入ってみるとそんなでもないのね」とか言われるが、家が私か私が家か、とすっかり馴染んで住みなしている。
 戸建ての切り回しは煩わしいが、だれに気を遣うでもない一人暮らし。ところが、最近居住を脅かされることが相次いでいる。
 ある朝、激しい音で目を覚ました。バタバタガサガサブンブン。みると、枕元のガラス戸と障子の間で大きな羽虫がばたついている。飛び回られては一大事だ。どうか消えてくれますようにと寝室を締め切って、その晩は階下で寝た。翌朝、軍手にマスクで殺虫剤片手にそっと障子をあけると、特大の蜂がころがっていた。熊蜂かスズメバチか、黄色に黒の毒々しい胴体に身の毛がよだつ。さらに翌日、階下の和室にもう1匹が落ちていた。外壁に穴でもあいているのか、戸袋に巣があるのか、謎のままだ。
 夏になって、その部屋に小さな羽虫がワーンと飛び交ったことがあった。照明の周りや器具の中にも。どこから湧いたのか、勘弁してよと泣きっ面で箒を振り回す。
 師走も近いある日、障子を張り替えようと外してみると、敷居に虫の糞がびっしりと落ちていた。おまけに、大きなカメムシが2匹禍々しくも足を宙にしてころがっている。障子紙には桟に沿って食われた跡も。一体この家には私以外に何が巣くっているのだろう。
 よく見ると、障子戸の柱の下に小さな穴があき、床下に続いているではないか。これって……。 羽虫の群舞といい柱の穴といい一目瞭然、白アリだ。蜂やカメムシもここから侵入したのに違いない。呆然愕然、頭は真っ白、目の前は真っ暗、手は殺虫剤をつかんで穴に振りまく。見たくないものは見ない、とガムテープで蓋をした。
 さて、出かけようと玄関を開けると、足元にポトリとヤモリが落ちる。いつものアイツ。そうか、この家は一人住まいではないということだ。

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