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「800字文学館」

自由に物が言えるか

野瀬 隆平

 長い間、権力の座についていたカリスマ経営者が、逮捕されるというショッキングな事件が起きた。まだ問題の核心が何処にあるのかはっきりしていない。しかし、確かなことが一つある。いかに優れた人物であろうが、一人に権力が集中しそれが20年もの長きに及ぶと、周りの人たちが自由に物を言えなくなり、組織として弊害が生ずることだ。このような事例は決して珍しいものではなく、社会の随所に見られる。

 ところで、「国境なき記者団」をご存じであろうか。国境なき医師団と同じくパリに本拠地を持つこの団体には、各国の記者が参加しており、毎年世界の180ヵ国を対象に、報道の自由度のランキングを発表している。
 最下位が北朝鮮で、中国やロシアが下位を占めるのは想像する通りであるが、気になるのは日本の順位である。
 2010年ころまでは11位と上位にいたのが、2012年以降大きく順位を下げている。安倍政権が発足したのと期を同じくしているのは、単なる偶然だろうか。2016年にはついに72位となり、翌2017年も変わらない。同じ政権が長く続いたことと無関係とは思えない。

 今年は「報道」に関係する事件が多かった。サウジアラビアやロシアでは、死を覚悟しなければ、自由な報道が出来ない。アメリカではまだ報道の自由が守られているようだが、その報道に対して権力者が、「フェイクニュースだ」と一蹴し、気に入らない記者を会見の場から締め出そうとするなど、およそ民主主義の原理に反するような行動に出る。アメリカに限らず世界的に報道を抑圧する状況が広まりつつある兆候が見え隠れしている。

 個人が容易に情報を発信できる時代になって、言論の自由を盾にとり無責任にあやふやな情報を流す弊害も無視できないが、健全な報道を制約することは民主主義の根幹をゆるがすものとして看過できない。
 小さな制約を見逃しているうちに、いつのまにか「自由に物が言えぬ」世の中になっていた、という過去の苦い経験だけは繰り返したくない。

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