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「800字文学館」

妙見の七ツ井戸

新田 由紀子

 穏やかに晴れた師走の二日、秩父で「妙見の七ツ井戸」を巡る催しがあった。現地で参加を申し込み、地図をもらって自由に歩く。名峰武甲山を仰ぎつつ、その伏流水の湧出地点をたどり、折しも例大祭で賑わう秩父神社にゴールするというものだ。
 スタートは秩父駅手前の大野原駅。踏切を越え愛宕神社を抜けて秩父往還を渡ると、最初の見どころ廣見寺だ。仁王門はまだ新しく、境内は広々と明るい。このあたりを宮地といい、秩父神社の祭神妙見菩薩が祀られていたそうだ。亀に乗った妙見様は七つの水場を伝って神社まで行ったのだとか。
 一の井戸は段丘崖沿いの林の中にあった。復元された井戸囲いの中にわずかに水を溜めている。500㍍ほどで二の井戸。がっしりと石棺のような石組だが、湧水はない。その先は秩父札所第十八番神門寺。観音堂と不動堂を配し、こぢんまりと趣がある。お堂の裏に垂れた白い綱を握ればご本尊の手に繋がるという。急にそこで札所巡礼を思い立ち、「秩父三十四観音霊場納経帖」を求めて、初めての御朱印を受けた。
 車道を渡り返して小道を下ると三の井戸だ。石垣の下に金網で覆ってあるがここも水枯れ。その先の四の井戸は土管からわずかに流れている。五の井戸はほっとするほど水量が多く、洗い場になっていた。六の井戸は農家の私有地で、七の井戸は工場の敷地の中。井戸枠が復元されて水道水を流している。
 コースは線路をくぐり、札所十七番定林寺へ。参道を行くと、由緒ある梵鐘が目を引く。古い札所番付では第一番目だったとかで、巡礼発願の日に一番目クリアとは幸先がいい、と一人合点。昔は湧水が秩父神社を通ってこの寺の脇を流れていたらしい。
 一路秩父神社へ向かうと、祭囃子が風に乗ってきた。早くも絢爛豪華な屋台が曳き回されて黒山の人だかり。ひしめく露店からはいい匂いが漂う。
 水の恵みの地酒をいただいて、武甲山の男神と秩父神社の女神が年に一度の逢瀬を楽しむという祭りのロマンにひたった。

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