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「800字文学館」

袋田の滝

稲宮 健一

 かつての職場の同期生で傘寿前後の十名が茨城の袋田の滝を観るという団体旅行に出かけた。退職後、しばしば大船の飲み屋でおだを上げているが、他に春秋に故郷を訪ねる会と名うって、一泊で仲間のゆかり地に押し寄せている。今回は茨城県。年中行事になったのは十年程前か、最初の頃はもっと大人数で、行の列車ではお奥方の自慢のおつまみを皆に広げ、ビールを飲みながら旅の開放感を満喫したが、今は少々お行儀が良すぎる。

 品川発、常磐線特急列車は一路水戸へ、お蕎麦と地酒の昼を取ったのち水郡線で袋田駅、ジャンボタクシーで袋田温泉に着く。久慈川の支流、滝川の川沿いにお土産店が立ち並ぶ、その中を人の流れにそってそぞろ歩き、旅の気分になり滝の入口に着く。切符を渡したのちトンネルになっていて、滝はこちらですよとの案内に従い開けたところの広場に出ると、足の下の谷になっている川を挟んで、向こう側に一気に滝の全景が現れる。高さ百二十m、幅七三mとなっているが、狭い空間ですぐそばに流れている滝は視野いっぱいに景色が飛び込んでくる。迫力がある。大きな岩が段々になっていて、頂上では細い滝が、下の岩に落ち込み、そこで横に広がりさらに目の前の三段目の岩では流れが幕のように広がり瀑布になって落下している。高い崖から一気に流れ落ちる・華厳や、那智の滝と違う趣向で素晴らしい。

 瀑布と言えばナイヤガラである。しかし、ここに地球規模の壮大さはない。人の目には眺望による以外にも視野の広がりが感動を呼び起こす力もある。眼前に左右に大きく開かれた視野と、間近で落ち込む水の音、川のせせらぎ、全体は箱庭趣向であるが体感として結構いける。さらに日本ならではの紅葉が色づき滝の流れに額縁のように色を添える。

 別名四度の滝の名前があるは四季に合わせて四度来たら如何という意味もある。ここを訪れた西行法師は

 「花紅葉よこたてにして山姫の錦織りなす袋田に滝」と詠んだ。

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