作品の閲覧

「800字文学館」

優先席のドラマ

内藤 真理子

 銀座から地下鉄に乗り運よく優先席に腰を落ち着けた。時を同じくして前に座っていた女性が立ち上がった。私の後から乗って来た小学校低学年の女の子とその保護者とおぼしき人を見て咄嗟に空けたようだ。席を譲ったのを見て私は一瞬、孫とおばあちゃんなのかなと思った。だが後ろ姿は太目ではあるが髪は黒いし年配には見えない。やはり母親だろう。
 空いてしまった席に件の母親はきまり悪そうに譲ってくれた人に会釈して、少女を座らせた。優先席の一人分の座席に余白をたくさん残してちょこんと座っている様子は、混み始めた電車の中で顰蹙をかうだろうなと、前に座っている私は落ち着かない。座っている少女もその母親も居心地悪そうに固くなっている。
 次の駅に停車すると一段と混んできた。少女の斜め前に立った恰幅の良い老紳士がつり革につかまりながら、少女の方をチラチラと見ている。まるで「子供を甘やかしちゃいかん」と言っているように。
 「立ちなさい」と母親が一言いえばそれで済むのに。おそらく電車通学をしているのだろうから、いつもは立っているに決まっている。
 母親は、決して周囲の冷たい視線に開き直っているわけではなく、気が弱くてただ固まってしまって何も行動が出来ないのだろう。少女も何かを感じるのか、居心地悪そうに肩に力を入れてお行儀よく手を膝の上で揃えている。
 電車が停車した。何本も鉄道が交差している乗換駅だった。親娘も老紳士も降りて行った。
 やっと安心して眠れる。私は全身の力を抜いて優先席でくつろいだ。
 席を譲った女性は連結のドアの前に立っている。
 あらっ、あの母親と同じような年恰好ではないの!
 してみると、あの母親は「なんで私が席を譲られるの!」とムッとして子供だけを座らせ「私は死んでも座らないから!」と意地を張ったのかしら。そして子供は、突然機嫌が悪くなった母親におびえた。母親は怒りで回りの人など何も見えていない。
 こんなストーリーもありかしら。

作品の一覧へ戻る

作品の閲覧