作品の閲覧

「800字文学館」

年末風景

首藤 静夫

 師走の駅前寿司。普段は夜の一杯でくる店だが今日はランチだ。時間が早いせいか客は少ない。カウンターの中央近くに座る。いつも明るい店長だが、今日はむつかしそうな顔つきだ。 それでも、ランチの前に燗酒と酢の物、それにタコ刺を頼む。
(年末だもんな、少し位いいだろう)
 板前が代わっている。店長を真ん中に、左右の見慣れた二人がいない。かわりに70歳台とおぼしき二人――。
 用事で立ったついでに顔見知りのレジのおばさんにそっと聞いた。
「そうなのよ、奥の人は○○さんがやめたので3日前から。こちらの人は△△さんが風邪で休んだので今日来たピンチヒッターよ」。店長が二人に事細かな指示、説明をしている。
 やがてカウンターもテーブルも徐々に埋まってきた。ランチタイム本番だ。全部で30数席。今までの手慣れたトリオでも忙しい時間帯だ。
 ちびちび飲みながら板前の様子を眺める。奥の板さんは目が弱いのか。松握り三人前、竹握り二人前、海鮮丼二つなど、目の前に置かれた注文の紙きれが見にくそうで、店長を煩わせている。ピンチヒッターの小太りの板さんは、まったく勝手が分かっていない。刺身の柵や海苔などのありかが頭に入っていない。絶えず店長に聞いてくる。そればかりか、店長の真ん前の具材にも手を伸ばす。
「そっちにも柵をひと揃え、置いてるだろうよ。何でこっちまでくるの」
「海苔はそんなところにないって。引き出し、といったでしょ」
 目の弱い奥の板さんが、一丁上がりの声。
「その海鮮丼、一つはシャリ小だったよね」「あ、いけねー」
 その間にも次々に新しい注文が加わる。
再び手前の板さんに、
「こっちのを取るなって」
「動く時は包丁を置いてしなよ」
 前より声が尖っている。不甲斐なさは本人たちが一番分かっている。だが、入りたての、しかも高齢。頭も体も今一つのようだ。
必死の三人を前に同世代として昼酒でもあるまい。酒も一本きり、ランチはやめて近くのラーメンでも食って帰ろう。

作品の一覧へ戻る

作品の閲覧