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「800字文学館」

田んぼ訪問

大森 海太

 小学校時代の級友Kは近所の洋服屋の道楽息子で、家業は継がず店を喫茶店にしてブラブラしており、ついに正業には就こうとしなかった。でもこういう奴にかぎって女房がシッカリしているもので、Kの奥さんも喫茶店の切り盛りや家を改造したアパートの管理など内助の功を尽くされている。
 ところがそのKが齢60にして突如百姓に変身し、今もコメ作りに励んでいるのだから、世の中わからないものだ。なんでもKの趣味の渓流釣りが縁で娘さんが新潟県十日町の素封家に嫁ぎ、なにをどう間違ったか知らないが、とどの詰まり近郊の松之山に2町歩(25枚)の田んぼを買って、苗代から田植え、秋の稲刈りまで1人でがんばっているのである。

 というわけで我ら級友仲間は、数年前から毎夏彼の田んぼを訪問することにしており、今年も7月末に数人で押しかけると、真っ黒に日焼けして上下のツナギにゴム長姿のKは、いつものように大喜びで案内してくれた。この時期は夫々の田んぼの状態によって、キメ細かい水管理や雑草対策が肝心だそうで、「ホラ、よく見ろ、俺ンところの穂先にはもうこんなに実がついている」と大変なご自慢である。
 そのあとは毎年Kの案内で近隣を観光したり、夜は田舎の料理屋で激励かたがた旧交を温め、翌日はゴルフなどするのだが、今年は趣をかえて松之山から近い信濃川の支流中津川を遡り、秘境秋山郷を訪ねることとした。

 秋山郷の詳しい話は大月さんにお譲りするとして、今回の目的のひとつは彼の地に知られたる「山源木工」である。山奥の作業場兼店舗には、木目も鮮やかな机や椅子などの家具が所狭しと陳列されていて、ちょっと欲しいような気もしたが、それはともかく、お目当ての食器コーナーで35センチ×30センチのケヤキの楕円大皿を買い求めた。器道楽で陶磁器や漆器もずいぶん集めたが、行きついたところはムクの白木。この大皿に晩酌の肴数品を一緒盛りにして、夜ごと愉しんでおります。

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