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「800字文学館」

御破裂山

新田 由紀子

 奈良の明日香村南東に多武峰という山があり、山頂は御破裂山(607㍍)と呼ばれる。この奇妙な山名を目にしたのは、以前紅葉見物で談山神社を訪れたときだった。境内の隅に「御破裂山・談山」(ごはれつさん・かたらいやま)と書かれた道標があり、細い道が裏山へと続いていた。不思議な名前に好奇心が湧き、今年二度目の奈良の山旅で登ってみた。
 明日香村の宿から多武峰まではバスで行く。宿を出ると飛鳥坐神社の小高い森に突き当たる。由緒不明なほど古い社で、夫婦和合の奇祭が有名だ。境内には陰陽石があっけらかんと朝日を浴びている。
 桜井駅で談山神社行に乗り換えたバスを、聖林寺前で途中下車。国宝十一面観音のご尊顔と三輪山の眺望を素通りするわけにはいかない。
 終点談山神社の一つ前、多武峰で降りて歩き始める。東大門をくぐって老杉の参道を上がると、藤原不比等の墓石や後醍醐天皇寄進の塔だのと苔むした石造物が目白押しで、一気に歴史の幕があく。藤原鎌足を祀る本殿を始め、楼門、十三重塔など建築物は重要文化財で、御殿さながら。
 例の道標を十分ほど登ると、談山の頂上がひっそりと林に囲まれている。中大兄皇子と鎌足が大化の改新の企てを談合した所だという。さらに山道を行くと、石段の奥に鎌足の廟所があり、御破裂山の山頂だ。「国家に不祥事が起こるとこの山が鳴動する」というのが謂れだとか。ならば、今日まで鎌足の眠りは安らかではないはずだ、と突っ込みたくなるがここは神妙に手を合わせる。
 林道を明日香村方面へ。草深い社、風化した石仏、上人の円墳などをたどり、尾根の先端に出ると万葉展望台だ。何かで読んでずっと心惹かれていた。ここから望む飛鳥の里はことさら思い入れが深い。
 展望台から左は石舞台だが、右の飛鳥寺方向に道をとる。急な山道を下ると、こんもりと飛鳥坐神社の森が見え、その先に「万葉文化館」のモダンな建物が白く光って目に入る。古代を抱えて眠る山中からふっと現代に舞い戻った。

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