ふぐは食いたし
落語『らくだ』の主人公(と言っても冒頭から死んでいるが)のらくだは大きなトラフグを手料理で食べて中毒死する。死骸の発見者の兄ぃは、前の晩トラフグをぶら下げたらくだに「季節外れにそんなものを食うと当たるぜ」と忠告しているので、彼らには、ふぐとは当たったり当たらなかったりするもの、という認識があったと思われる。
ではこの落語の季節は何時か。噺の後半に「芋にはんぺんに蓮」の煮物が出てくるので初冬であろうと推定がつく。
としたらフグの旬真っ盛り、季節外れだから当たったのではなく、らくだは肝も何もかも一緒くたに鍋かなんかで食らって大当たりしたに違いない。
フグ毒を楽しむ方法というのがあって、生の肝を爪楊枝の先でつつきそれを舐める、やがて舌と口が痺れてくるのでその痺れの程度で生死の限界を判断する、のだそうである。
縄文時代の貝塚からフグの歯や骨が出るという。フグをおいしく食べる知恵がある縄文人もいたのに、それは広く伝播・伝承されなかったということなのだろうか。
フグはその毒を自身が作りだしているのではなく、外から取り込んでいる。海底に普遍的にいるビブリオ・アルギノティアス菌が作り出すテトロドトキシンという毒で、貝類やヒトデに蓄積され、さらにそれを食べる魚に移る。他の魚はこの毒を蓄積せず排泄してしまうがフグはこれを主に肝臓に貯め込む。フグにはこの毒を無毒化するたんぱく質成分があり、他の魚類の数百倍の耐性を持ち、かつ毒の多そうな貝やヒトデを好んで食べる習性がある。したがって、フグを海から切り離して養殖すれば、毒を取り入れないので肝も食べられる。
昭和天皇に見事なトラフグが献上された。しかしフグは皇室お家のきつい御法度、陛下は召し上がりたいが、侍医が許さない。魚類学者の陛下は止める侍医に「お前は、フグは駄目というが、どういうフグのどこに毒があるのか知っておるのか」と2時間にも亘ってだだをこねられたという話がある。