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「800字文学館」

虫笑い

内藤 真理子

 台所でおせち料理を作りながらラジオを聞いていたら子供電話相談室を放送していた。中に「笑い」についての質問があった。
 笑いの何を聞きたいのだろう、その発想が面白くて耳を傾けた。なにしろ料理をしながらなので正確ではないが、小学校低学年の男の子が「人はどうして、笑うのですか」というような質問をした。アナウンサーが
「○○さんは、どんな時にそう思ったの」と聞くと
「う~ん……」と、要領を得ない。
 代わって担当の先生が、質問を始めた。
「○○ちゃんは、虫笑いというのを知っているかな」
「知らない」
「そうかぁ、虫笑いというのは生まれてから何日も経っていない赤ん坊が、笑う笑いをそう言うんだよ。理由もなく、っていうのかなぁ。おじさんには子供が二人いるのだけど、二人とも赤ん坊の時虫笑いをしたんだ。するとおじさんはね、見ているだけで幸せな気分になったんだ。笑いには人を幸せにする作用もあるんだね。○○ちゃんだって、人と会った時笑ってくれたら嬉しいだろう」
「……」。先生は、笑ってくれたら嬉しいという答え以外、想像もしなかったのだろう、一瞬戸惑った後、「えっ、嬉しくないかなー」と不安そうな声になり「おじさんは怖い顔をされるより、笑ってくれた方が嬉しいけどなー」と自信なげに言った。私には先生の反応が世相を反映しているようでおかしかった。
 普段小学生の孫を見ている私の友人は、孫と同じ小学校で怖い思いをした子もいるので笑いながら話しかけてきても信用してはいけないと教えるそうだ。
 ラジオの先生も話している途中、そんな現状を思い出し、無条件に「嬉しい」と言えない○○ちゃんの気持ちに気が付いたのだろう。
 急に学問的な話になった。
「笑えるのは人間だけだと言われているけど、研究が進んでチンパンジーも笑うことがわかったのだよ」などと。
 でも人間の初めての笑いが〝虫笑い〟だとしたら、人は生まれながらに周りの人を幸せにする要素を持っているのだろう。

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