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「800字文学館」

猪と人間

斉藤 征雄

 毎年三月、昔の仲間と福島(浜通り)で猪鍋を食べる会をやっている。猟を趣味にしている仲間がいて、彼が獲った猪肉を鍋にして酒を飲みながらワイワイやる会である。  東日本大震災直後は、原発事故で猪が放射能に汚染されて食べられなかったが、二年ほど前からようやく元に戻った。料亭の牡丹鍋のような上品さはないが、マタギ風の鍋はかえってジビエ料理らしくて味わいがある。

 人類は太古の昔から猪を食してきた。日本の縄文時代の遺跡からも猪の骨が出るというから日本人も大昔から食べてきたらしいし、それを家畜化したのが豚であるのは言うまでもない。
 それ程長い付き合いにもかかわらず最近の日本では、猪と人間の共存のバランスが崩れてきた。猪に限らず、猿、鹿、熊など野生動物全般にみられる現象で、各地で人間の生活領域に出てきて被害をもたらしている。
 原因は人間社会の少子高齢化にあるという。少子高齢化により過疎地域が広がり、中山間地と呼ばれるいわゆる里山が姿を消して人間と野生動物の境界領域がなくなったため、動物が人間の生活領域に進出してきたのだ。

 猪についていえば、生息数の増加も著しい。二十年前には五十万頭にも満たなかったのが今では百万頭に達すると推定されている。多産な猪は毎年四~五頭を産むので餌があれば増え続けるのに対して、猟師は高齢化で人が少なくなっていて捕獲がままならない。ちなみにジビエで食べられるのは捕獲されたものの一割にも満たないというから人間が食べて減らすというのは現実的ではない。各自治体は捕獲に補助金を出しているが、農作物を食い荒らすなどの被害は止まらないという。

 急ぐ旅ではないので、東京―福島は電車ではなく高速バスを利用した。常磐道は日立のあたりから阿武隈山地に入る。ここら辺も猪の絶好の棲み処に違いない。
 今日これから食べる猪を思い浮かべながら、少子高齢化という近代化の産物が、逆に野生動物の勢力圏を広めているという現実に複雑な思いがした。

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