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「800字文学館」

枇杷の効能

首藤 静夫

 風もなくいい日和だ。久しぶりに近所を吟行しよう。
 家から徒歩十分のところに諏訪神社の分社がある。その周辺に狙いを定める。私鉄沿線のわが町は、僕のように新参者が混住する地域が多い。しかしこの神社周辺は昔からの農家、それも大百姓の農家が多い。苗字も同じものが多い。家々は広い庭を持ち、樹木や季節の草花を庭の周囲に植えている。575にはもってこいだ。
 先ず社に一礼して後、吟行を開始する。梅、椿など早春の花はほぼ終わっている。桜の蕾はまだ硬い。案外見当たらないものだ。スミレやサクラソウ、沈丁花など背の低い花が目につくが心躍らない。わずかに木蓮の白が午後の日に輝いている。立ち止まりメモする。ただ、木蓮はこの数年熱心に作句したので少し飽きている。何かないかなあ・・・・・・。
 一軒の農家で枇杷の木が目にとまった。花はとっくに終わり新芽が伸びている。厚ぼったい古い葉はすべて下を向き、柔らかい浅黄色の新芽が空に何本も向かっている。ネタになるか、しばし考える。新芽の成長のために古い葉は下に垂れてエネルギーを節約し・・・・・・。理屈っぽいなあ。頭のいいペン俳句の仲間にいじめられそうだ。やはり枇杷は、実に梅雨の雨が一筋二筋流れるさまが似つかわしい。諦めよう。
 気づかなかったが枇杷はこの辺りに割合多い。柿の木や蜜柑にまじって樹齢を重ねている。
 枇杷を庭に植えるのは縁起が悪いはず。この風景は一体・・・・・・?
 少しいくと、枇杷の木のある農家の庭先でお婆さんが花の手入れをしていた。これ幸いと勝手に中にはいり込み、彼女に枇杷の木の疑問を質した。
「縁起が悪いかどうか知りません。じゃが、枇杷は役に立つよ。今年もこれから古い葉っぱを何枚も取って、焼酎につけるのよ。一年もしたら立派な薬酒になるよ」
「何に効くんですか」
「何にでも。癌でも肩こりでもなんでも」
「癌と肩こりですか」「ああ、何にでもね」
 この会話、575にできまいか。

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