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「800字文学館」

どうぞこのまま 箸の威力

志村 良知

 学生時代のギター仲間とはそれぞれの結婚披露宴でのギター合奏が恒例だった。曲は定番の『ここに幸あれ』と、当人が譜面を用意して事前配布するリクエスト曲の2曲。そのリクエスト曲は、卒業から数年までは、『見果てぬ夢』『モア』『オレ・グアッパ』といった曲をかなり複雑な三重奏でこなして好評だったが、5年目くらいになると腕は怪しくなってきた。
 私が結婚したのは卒業6年目で、もはや多くは望めない状態、しかし、やはり合奏はやってもらいたい。リクエスト曲は花嫁の希望もあって、ボサノヴァのリズムに乗って「どうぞこのまま」とリフレインする丸山圭子の『どうぞこのまま』にした。しかし、どう考えても普通に三重奏は無理。合奏は二部とし、リズムパートを某省のキャリア研究官にして、クラシックからビートルズからジャズから何でもこなす万能の名手H君一人に振った。
 当日、花婿はリハーサルには付き合えないので出来は分からない。定番の『ここに幸あれ』はなんとか終わり、H君の歯切れのよいボサノヴァのイントロが始まった。しかし、それに続く合奏はボロボロ。「どんなリハやってたんだ」。怒りの花婿は立ち上がり、演奏を止めた。

 お客様の中から有志を募り、花嫁も加えて臨時合唱団(実際は斉唱)を編成、H君と合唱団さえあればなんとかなる体制をとった。しかし、合唱団もぶっつけ本番、初めてのボサノヴァの生ギターに乗れるかという心配がある。そこで私はギターを割箸に持ち替えて指揮に回った。仲間と合唱や合奏の時は指揮を担当していて、手元に指揮棒が無いときの定番は鉛筆か箸だった。やってみるとこれが大成功。ボロボロだったギター合奏団も箸を見て発奮、最後のBmMaj7(add9)という複雑なコードが決まった時、お客様一同のやんやの喝さいをあびた。
 ここで仲間の腕の衰えを悟ったか、私の翌年に結婚した最後の合奏仲間はリクエスト曲なしで、定番『ここに幸あれ』だけやってくれということになった。

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