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「800字文学館」

ソメイヨシノもいいけど河津桜もまたよし

斉藤 征雄

 言うまでもなく桜といえばソメイヨシノである。「パッと咲いてパッと散る」この花の美しさとはかなさは、日本人の美意識を象徴するにふさわしい。
 ところが今年はそれに加えて、二月の終わりに伊豆の河津桜を観て新たな感動を覚えた。桜はソメイヨシノに限ると信じていた私は、河津桜は早咲きというだけで桜としては大したことはないだろうとタカをくくっていたが、それが大間違いだった。

 一泊のツアーだったが、人出が多いことを見込んで一日目は熱川温泉に泊まり河津桜は二日目の午前中に予定されていた。二月二十三日朝ホテルを出て河津へ直行、川沿い四キロの土手に咲く桜は運よくちょうど満開だった。俳句で桜が爛漫と咲き雲がたなびくように見えるさまを「花の雲」に例えるが、朝日を浴びた河津桜の並木はまさにその言葉通りの情景だった。桜の木の下に播かれた菜の花が咲きそろい、そのコントラストも最高だった。

 河津桜が、ソメイヨシノに劣らず意外に花弁が大きいことを初めて知った。そして濃い目のピンクが特徴である。そのため「花の雲」は色濃くかつ重層的で、ソメイヨシノに全く引けを取らない。むしろ色が濃いだけ圧倒される。それもそのはずソメイヨシノはオオシマザクラとエドヒガンの交配、河津桜はオオシマザクラとカンヒザクラの自然交配でもともとが近い品種であるらしい。

 すっかり河津桜のファンになった。河津桜に懸想してソメイヨシノを見限ったのではない。両方同じように好きになったのだ。咲く時期が違うので、両方を愛でることに何ら問題はない。花期が長い河津桜は2月から3月にかけて、3月の終わりがソメイヨシノと、桜を楽しむ期間が格段に長くなる。移ろいを楽しむのもまたよし。
 二股かけて両方楽しむことにやや抵抗を感じなくもないが、この「とし」になればそうも言っておられず、美しいものは長く観ていたい。だから、東京の桜の名所にももっと河津桜を植えてもらいたいものだと思っている。

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