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「800字文学館」

川の春

首藤 静夫

 多摩川の3月上旬。風はときどき冷たいが日ざしは春を告げている。河原から少年野球の明るい声が聞こえてくる。二子・玉川地区と呼ばれるこの下流域一帯は河川敷が広く、両岸の市民・都民の憩いの場として愛されている。好日に誘われ、久しぶりに土手を歩く。
 野大根の赤紫と白い花が咲き誇り、目に鮮やかだ。カラスノエンドウ(マメ科)が柔らかに風になびいている。土筆はそろそろ終わりなのか数が少ない。斜面を下り、オオイヌノフグリの小さな花を踏まぬように注意して川岸にたどり着く。
 岸辺は沢ぐるみの木が目立つ。蕾はまだかたい。これが芽吹くころ、春本番となるのだろう
 遠くに釣り人の影が2、3見えるほかは人けがない。遠くの柳が薄緑にぼやけて見える。ヒドリガモがいた。独特のピューイ、ピューイと鳴く声や頭の中央部に黄色の縦ラインがあるのが特徴だ。そろそろ北へ帰る時期だ。そばでカワウが2羽、羽を休めている。不忍池あたりから毎日飛んできてはこの川の小魚を大量に捕食する。嫌われ者だが、日に向けて羽を広げ日光浴している様はユーモラスだ。広い中州にはアオサギが1羽、さっきから固まったように突っ立っている。この鳥、哲学者か頑固親爺のような孤独な気配がある。魚を獲るのを見たことがない。水門の出口付近で小魚を待ち受けているコサギやカワウに交じってこの鳥も見るのだが、いつも彼らに先取りされる。どうやって生活しているのだろう。
 頭上でいい声がした。カワラヒワだ。キリリリときれいな声で群れて飛んだ。羽の中ほどに黄色い部分があり日に当たって輝いた。
 今度はセグロセキレイが水の上をかすめて中州へいった。白黒のシャープなコントラストが美しい。わが国の神話に登場するめでたい鳥だ。なぜ登場するかはちょっと述べづらい。読者ご自身で調べられんことを。
 もう少しして桜のころには、さきほどの沢ぐるみも若芽を伸ばし、川辺をさらに彩ることだろう。万物の春である。

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