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「800字文学館」

私の「新・北斎展」

川口 ひろ子

 「北斎、前人未到の世界へ」の副題を持つ「新・北斎展」を鑑賞した。会場は六本木ヒルズ内の森アーツシアター。江戸後期の浮世絵師葛飾北斎は90年に及ぶ生涯を通して膨大な作品を書き残している。愛好家は国内外に多く、今回はコレクターにして北斎研究の大家故永田生慈氏の収集品を中心に構成されていた。

 北斎が30回もの改号をしたことは有名であるが、その度に絵のスタイルや技法を変え自身の技量を向上させていった。
 「神奈川沖浪裏」は「為一(いいつ)」と名乗った天保年間(1830)に描かれた彼の代表作だ。大胆な構図は西洋の遠近法から学んだもの、海の青色を表現するために、鎖国制度の綻び始めたこの時代に、欧州の良質の絵の具を求めて奔走したという逸話も残っていて、意欲満々、いきり立つ彼の姿が想像出来て楽しい。そして今回和紙の上に摺られた青が見慣れている印刷物やPC上の青よりもずっと柔らかで優しい表情をしていることに驚かされた。
 「宗理(そうり)」と名乗った享和4年(1804)に描かれた「春興五十三駄」の内「吉原」の小品は嬉しい発見であった。東海道吉原宿は私の生まれ故郷。江戸時代の2度の大津波によって宿場全体が流された為、少し山側、現在の東名富士インターチェンジ辺りに移転したという宿場町だ。海道一貧しいと言われ寂れた吉原宿に関する記録は少ない。それが今回なんと六本木に現れたのだ。長い棒を横にして元気の良い年寄りと家族2人が名産の白酒を作る姿を描いて、北斎の達者な筆が踊っているようだ。こんな小さな版画まで収集し後世に解りやすい解説をつけて伝えてくれた永田先生に感謝。

 現状に安住せず、和、漢、洋の画法を大胆に摂取し、新たな絵画への創造に挑んだ北斎、480点余りの展示作品から発するエネルギーか? 会場は心地よい興奮に包まれていた。そして私にとっては思いがけず生まれ故郷の昔の姿に出会うなど、豊かな収穫に満足の展覧会であった。

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