バストに囲まれて
「バストに囲まれて」と書くと、「何とも羨(うらや)ましい」と誤解する人がいるかもしれない。辞書を引くとバスト(Bust)には、女性の胸と胸像の二つの意味がある。私が書斎で囲まれているのは胸像である。
初めてクラシック音楽に接したのは、中学生の頃朝日ソノシートでメンデルスゾーンの『ヴァイオリン協奏曲』を聴いたときだと思う。その後SPレコードからLPへ移り、お決まりのベートーヴェン『交響曲第五番』にはまった。時代はCDに移り、今や千枚を超えるCDを蒐集した。ジャンルはクラシックからポピュラー、歌謡曲と多彩だ。また海外駐在の機会を活かし、世界中のコンサートホールを巡り音楽に親しんだ。
駐在時ボンにあるベートーヴェンの生家「ベートーヴェンハウス」を訪れ、偉大な作曲家の息吹を感じながら館を巡った。ミュージアムショップに立ち寄ると、ベートーヴェンの胸像を売っている。像は石膏づくりで土台は大理石のイタリア製、高さは22センチほど。顔は小学校の音楽教室に飾ってあった絵と同じで、リアルな作りに感心してつい買ってしまった。
ザルツブルクでは映画『サウンド・オブ・ミュージック』を思い出しながら、街を散策。ここでの一番のお目当てはモーツァルトの生家で、若き天才音楽家を偲んだ。ショップで同じ工房製のモーツァルト胸像を見つけ、迷わず買った。
音楽家ではないがフランクフルトでは「ゲーテハウス」を訪れ、『若きウェルテルの悩み』に心躍らせた頃を懐かしんだ。ゲーテの胸像と、シラーとゲーテの胸像付きのブックエンドを買った。シラーのエンドにはベートーヴェン『交響曲第九番』「歓喜の歌」の楽譜が彫ってある。
胸像はいずれも凛々しい顔立ちで斜め横を向いており、文章作りに悩む私を𠮟咤激励(しつたげきれい)しているようだ。ふっと机の端に目をやると、ルーブル美術館で買った『ミロのヴィーナス』のレプリカ(大理石)があり、かすかに微笑んでいるように見えた。