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「800字文学館」

カーナビはミシュラン・ガイド日本版を生んだ

志村 良知

 フランスのタイヤメーカー、ミシュランは120年前、車で旅に出てタイヤをすり減らしてもらうために、旅行ガイドグッズを売り始めた。
 車で旅に出ようと思い立ち、大体の場所が思い浮かぶと、まず赤い表紙の100万分の1地図で鳥瞰的にルートを探す。行先の名所旧跡の詳細はミシュラン・ヴェルデ(緑本)で調べる。ホテルとレストランについてはミシュラン・ルージュに当る。赤い表紙のミシュラン・ガイド(赤本)である。フランス語版は国別に発行されていて、辞書の風体で写真は一切なく、独自の記号を使って簡潔にホテルとレストランの情報を載せている。お勧めレストランには星が付いている。三つが最高で、その定義は、その店で食べる事だけを目的に旅する価値あり、である。
 ドライブに必須の黄表紙の20万分の1道路地図は、2000年頃から15万分の1に切り替えられ、より判り易くなった。長距離ドライブには何枚も必要になるが、これはヨーロッパのどこの国の本屋でもキオスクでも土産物屋でも売っている。ドライバーを導くバイブルである。

 これらミシュラン旅行ガイドグッズはお互いが索引で連結されていて、車の中でも素早く参照できるように工夫されている。最後に必要な市街地図は赤本に載っている。これらの地図とそのリンクには、百年の歴史が込められていて、他のものとは一線を画して使いやすい。私はアルザス在住7年間で、ヨーロッパを10万キロ余りドライブして回ったので、ミシュランのヘヴィ・ユーザーであった。

 ミシュラン・ルージュの世界各国版発行の動機はカーナビの普及だと思う。いかなミシュラン百年の工夫といえども、また15万分の1に切り替えようともカーナビの便利さには敵わない。銀塩写真がディジタル写真に駆逐されたのと同様に、ドライバーのバイブルたる道路地図の売上は壊滅し、代わりに星による格付けでの名声のある赤本に全力を注いでの海外進出、ということになったのであろう。

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