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「800字文学館」

越後の山男伝説2話

大月 和彦

 越後の奇書といわれる『北越奇談』*は、この地方に伝わる奇怪な化け物、山男、異獣、越後の七不思議とされる石油や天然ガスなどの珍しい八五話を集めた版本である。文化年間に出版されたこの本は、戯作者柳亭種彦が編集し、浮世絵師葛飾北斎が挿絵を描いた娯楽読み物であり、当時江戸っ子によく読まれたらしい。著者橘崑崙は三条の人とも出雲崎の人ともいわれるが、人物像や生没年ははっきりしない。良寛や『北越雪譜』を書いた鈴木牧之と同時代の人だった。

 『北越奇談』に「山男」の話があり、北斎が描いた山男の絵が添えてある。

 高田藩の薪炭を伐り出す妙高・焼山・黒姫連山の山小屋に、山奉行の役人某と杣人が泊まり込んでいた。ある夜焚火を囲んでいると山男が入ってきて囲炉裏端に座り込んだ。体つきは人と変わりなく,髪は赤く、肌は灰黒色、丈は六尺あまり、腰に草木の葉をまとい、ものはいわないが牛のような声を出す。人に馴れ人語を聞き分ける。某は人懐っこい山男に獣皮を着て暖をとることを説き、親切にも獣皮の作り方を教えてやる。

 翌晩、山男は礼にカモシカ2頭を持ってきたという。囲炉裏を囲んで談笑する役人と杣人の向かい側に、毛むくじゃらの大男が坐っている絵がある。「山男衆人に交りてよく人語を解す」の文が添えてあり、山小屋の和やかな雰囲気を伝えている。

 これと酷似した話が『北越雪譜』に出てくる。高田藩士が樵夫とともに黒姫山の小屋で過ごしていると、猿に似て猿でないものが夜中に小屋に入って焚火にあたっている。背丈六尺、赤髪、裸身、体には毛がなく灰色。腰に枯れ草をまとう。人のいうことを聞き分け、人に馴れているという。牧之は、これは『和漢三才図会』の寓類の部に出てくる異獣だろうと推測する。

 里との交渉を持たず生活様式や慣習を異にする人たちが、かつては各地の山間地に住んでいたと考えられ、山人と呼ばれていた。赤顔裸体の大男で、人には危害を与えず、時々里に出てきて塩や米を求めたという。

*『現代語訳-北越奇談』(野島出版・1998)

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