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「800字文学館」

焼酎談義

中村 晃也

 学生時代には焼酎なるものを飲んだことはなかった。戦後粗悪な密造酒がはびこり、酒粕を蒸留したカストリとかメチルアルコール入りの爆弾とか危険な飲み物が新聞を賑わせた記憶もあって、母から焼酎は、今では差別用語となった、車夫馬丁の飲むものだと教えられていた。
 だからその時代は、トリスバーでグリンピースのおつまみ付きの一杯三十円のハイボールを常用していた。

 サラリーマンになって初めて福岡に出張し、客先の営業部長から夕飯をご馳走になった際に初めて焼酎に対面した。

 「九州に来たら焼酎を飲まなければダメですけん、私が一から教えあげまっしよう」と講釈がはじまった。
 「焼酎は米、麦、薯、落花生、蕎麦、クリ、玉蜀黍、黒砂糖などどんな穀物からも造れます。連続式蒸留の焼酎はアルコール分三十六度未満が甲類、単式蒸留焼酎は四十五度で乙類に分類されています。
 九州では、米は人吉盆地の球磨焼酎、麦なら大分の寿焼酎、薯なら鹿児島の薩摩焼酎、黒糖なら奄美と産地が決まっているんです。
 お姐さん、あるだけの銘柄の焼酎を持って来いよ、東京からのお客さんに説明するんだから」

 「これは典型的なイモ焼酎です。少し独特の匂いがするでしょう?」と姉さん被りのお姐さん。
 「お姐さん、貴女もいいにおいがするね。貴女はどの地方のイモなの?」
 「お客さん、どうせ私はイモ娘ですよ。私本気で怒りますよ」と彼女は九州女らしく鼻っ柱が強い。
 「イモと言われて直ぐにムキになるなんて…。それなら匂いの少ない麦焼酎をもらおうか。でも機嫌を直したからってそんなに近くに寄ってこないでよ」
 「あら私はあなたのソバがいいのよ。さあ蕎麦焼酎をどうぞ…」

 お開きの時間になりテーブルに手をついて立ち上がろうとしたが、腰が持ち上がらない。

 「焼酎はいくら飲んでも頭には来ませんが、脚を取られるから注意して下さい」と云われたが、脚が麻痺するとともに舌が麻痺し、ろれつが回らなくなった。

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