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「800字文学館」

オペラ「紫苑物語」

川口 ひろ子

 待ちに待った新国立劇場「紫苑物語」に、体調不良で足を運ぶことが出来なかった。ところが直後にNHKBSでこの公演が放映され、オペラは絶対ライブ主義の私としては不本意ではあるが、栄えある世界初演の舞台を映像で鑑賞することが出来て、まずまずの結果となった。

 「紫苑物語」は、原作、台本、演出、作曲、演奏のすべてを日本人で行い、新しい時代のオペラとして此処東京から世界に発信しようという壮大な発想から生まれた。
 時は平安時代、青年宗順は歌の名家に生まれ豊かな才能に恵まれながらこれを捨て、弓の道に己を見出そうとする。心に葛藤を抱きつつ、弓矢の先にある生きることの真実を確かめたくひたすら進むが、彼の前に現われたのは紫苑(勿忘草)の生える山だ。岩に彫られた仏の顔に魔の矢を放つと大音響と共に山は崩れ宗順を飲み込む。

 演奏面が大変充実していて特に東京都響のオーケストラが素晴らしかった。豊かな響きの中から指揮者大野和士の並々ならぬ意気込みが伝わって来る。
 作曲家西村朗が創り出したケチャのリズムを多用した音楽は、瞬時にこれがアジアのお話しであることを解らせてくれる。エスニック香気満載の前衛音楽を合唱団が鮮やかに歌い上げていた。都会風に洗練されていてモーツァルトが現代の東京を表現したらこうなるだろうと思った。
 第1幕では狂気を孕んだ女性の情欲とそれに振り回される男たちの姿が描かれている。荒れ狂う奥方のうつろ姫、狐の化身の千草、女声2人の渾身の歌唱と演技が胸を打つ。一方第2幕、宗順と仏師により延々と語られる哲学問答には満足できなかった。低音歌手による読経の様な会話は理解が及ばず只疲れる。宗順が拘った屍の傍に咲くという「紫苑」の説明が十分されていないのも不満だ。

 意欲先行のこのオペラを世界の愛好家は受容するであろうか? 曖昧さを修正して国内で再演してほしい。
 電波経由とは言え、自宅にいて豊穣な音の世界を堪能出来て私は満足した。

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