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「800字文学館」

百円寿司と十円寿司

首藤 静夫

 健康診断の結果はまずまずだった。朝から胃袋は空だし、急に腹が減った。
 よし、今日のランチは思い切って、と入ったのはクリニック近くの回転寿司。
(ここなら安心だ)
 回ってくる寿司は一皿百円から三百円。九十円のサービス品もある。六百円の特上ものなどは皿の上の値札だけがむなしく回っている。
 コハダ、アジなどを取る。いずれも百円だ。タコ、イカ類も百円。百円の白い皿とサービス皿ばかりに手が伸びる。
 左隣ではヤングママ二人が板さんに直接注文してカラフルな皿を積み重ねる。右隣に5、6歳児とその母親がきた。母親がスマホに気をとられている間に、その子は勝手に中トロ、エビと板さんに注文した。
(子供のくせに慣れているなあ)
 僕も注文したいが百円とサービス品ばかりの注文では恥ずかしくて声が出ない。
 よーしとグレードアップして百三十円のツブ貝とアカニシ貝を初めて注文、皿の色が少しましになった。ヒラメ、タイなど白身の皿も目で追うが、値札は二百円かそれ以上だ。うーん、2倍か。

 昭和40年代、渋谷の道玄坂に十円寿司を売り物にする寿司屋があった。貧乏学生はアルバイトの金が入った時だけ連れ立って行った。二貫で十円から七十円までのネタが木札に書かれてズラリ並んでいた。
 僕らは十円札のネタを端から順番に頼み、二十円札の手前でUターンしてまた十円ネタで折り返した。タコやイカなど、向こうが透けて見えそうに薄かった。十円ネタで7、8種類あっただろうからこれを往復すれば結構腹にたまったものだ。ビール一本を2、3人で分け、勘定は一人五百円ほど。野菜炒め定食が百二十円の時代だから五百円でも気張った方なのだ。
 その延長に今日の回転寿司がある。百円のネタから離れられない原点がこれだ。
 結局その日の勘定は、サービス皿2枚、百円皿7枚、百三十円皿2枚に瓶ビールで合計千七百円ほどだった。妻には内緒にしとこう、昼飯は千円以内でときつく言われているから。

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