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「800字文学館」

頑張れ! ツバメ

首藤 静夫

 町内の初燕は3月7日だった。わが家の近くにも2羽が来た。やがて後続組も到着、5、6羽が賑やかに空低く飛んでいたが数日していなくなった。
 燕は南アジアから何千キロもの距離を渡ってくるが、同じ場所に再び現れる確率が結構高いそうだ。今年きた燕はどうなのだろうか。
 隣のマンションに燕の旧い巣がある。車の出入口にある壁の上部だ。3年前に当時のペアが作ったもので、無事に雛が生まれ親子とも南に帰って行った。次の年にもその巣に燕が来て破れなどを補修していたが途中で放棄、飛び去った。昨年はその巣にくる燕はなかった。上半分を欠いて干からびた巣は見捨てられた。

 5月中旬、その巣の下の地面が土や枯草で汚れている。見上げると燕が巣の修復を行っていた。先だっての初燕が舞い戻ってきたか。残っていた下半分に湿った泥が継ぎ足され、瑞々しく光っていた。
 ほぼ完成した数日後、旧い下部分が欠け始めた。見ていて気が気でない。燕はしばらく姿を見せなかった。諦めたのだろうかと気をもんだが、またやってきて修復を始めた。
 何とか形になったと喜んでいたら、今度は継ぎ足した方の部分が一部崩落した。
(何をやっているんだ、このヘボ燕! こんなことなら最初から作った方が余程早かったじゃないか)
 どうやら新米ペアで、巣作りに慣れていないらしい。ともあれそれが一段落したある朝、巣の近くで1羽の燕を2羽が追いかけるバトルが始まった。侵入者だ。ペアが鋭い声を立てて必死に追い払っている。周囲の木立に潜んでいたメジロが慌て騒いで逃げていく。バトルのあおりで巣が傷つかねばいいが……。
 やがて侵入者は鳴き声を残して逃げて行った。パートナーを見つけられない雄なのだ。長い距離を日本まで飛んで来て、まだひとり身なのは哀れである。だが巣に被害がなくて良かった。
 6月中旬の今、できの悪い巣で遅まきながら雌が卵を抱いている。無事に雛が生まれてくれればいいがと見守る毎日である。

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