作品の閲覧

「800字文学館」

金剛山

新田 由紀子

 奈良盆地の南端と大阪平野の間には葛城・金剛の山々が横たわる。金剛山(1125m)はどっしりとした山塊で、葛木岳・湧出岳・大日岳の3つのピークがある。主峰葛木岳は奈良県だが、大阪側の山腹には大阪府最高地点(1053m)の標識も立つ。
 葛木岳山頂は一言主神を祀る葛木神社の神域で立ち入れない。少し下の国見城跡が便宜上の金剛山頂とされる。一角には修験道の開祖役行者建立の転法輪寺があり、神仏習合の修験道聖地として名高い。
 ずっとこの山に登りたかった。以前、山麓の古道「葛城のみち」で高天原神話の地、高天彦神社から金剛山に続く山道を見て、その思いを強くした。

 一昨年の冬大阪側からロープウェイで登る機会を得た。山頂駅は既に千㍍に近く、積雪はないが身を切る寒さだ。凍結した歩道を、湧出岳を巻き老杉の参道を上がり葛木神社まで登る。拝殿の奥を覗いてみるが頂上はわからない。アイゼンの利かない路面を恐々転法輪寺まで下る。寺を参拝して国見城跡まで行くと、山頂標識があった。摂津、河内、和泉の三国を見渡せるので国見とつけられたとか。
 休憩所は結構な人出だった。登拝回数掲示板とやらには、数千回から1万回達成者の名がある。この山は「毎日登山」のメッカだそうだ。さだめし彼らは現代の修験者ともいえる。

 2回目の金剛山も大阪側からだった。勇将楠正成の千早城跡から登る初心者ルートだ。初夏の雨に煙る登山道は単調で、思ったほどの旧跡もない。かさばる雨具姿でえんやこらと登っていると、「おはようさん」と次々に達者な足に追い抜かれる。傘を手にした散歩がてらの軽装だ。延々と続く段々を2時間、スッと汗が引くと国見城跡に着いた。なんと、電気工事の車が連なり、ヘルメット姿の作業員が集まっている。施設の修理でもあるのか。登拝捺印所の前では、中高年アスリートたちが踵を返して降りて行く。出勤前や後に登る猛者もいるという。
 好奇な思い入れが強い旅行者には拍子抜けの金剛山の日常風景だった。

作品の一覧へ戻る

作品の閲覧