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「800字文学館」

蛍まつり

内藤 真理子

 土曜日の午後四時ごろ、買い物を済ませて駅に降り立つと、子供連れの若い人たちでごった返している。雨も降っているのに何事だろうと一瞬考えて、そうだ今日は〝蛍まつり〟なのだと気がついた。
 私の住んでいる町では二十年くらい前から六月の梅雨のころに〝蛍まつり〟が開催されるようになった。
 駅の近くを神田川が流れていて、川沿いに電車の車庫があり、対岸はすぐに崖になっているので、街灯のあるところ以外は比較的暗くなる。
 駅から百メートルくらい坂を上ると、玉川上水が流れている。こちらはうっそうとした木立の中で、周りにはほとんど民家がない。蛍を見るには最適の環境である。

 年々人出も多くなり、神社などにも店が出て本格的なお祭りになってきた。
 主催している商店街は高齢化で個人商店がなくなってきているが、この日ばかりは昔ながらの商店主たちが、空いている場所で焼きそばやビールを売っている。子供たちのたむろしているところでは、ヨーヨー釣りや、射的のようなものまであった。
 日曜日は晴れていて、普段は薬局とコンビニと整骨院しかないような商店街は昼間から大変な人出だった。買い物帰りにその賑わいが羨ましくて夫を誘ったが動く気配はない。そうなると一人で行くのも億劫で行かずじまい。

 土日のお祭りが終わった後、人出のない火曜日になって、夕食後にせめて蛍を見ようと再び夫を誘うも「気を付けて行っておいで」の一言で送り出された。
 近頃、玉川上水の両側に幹線道路が開通したので蛍は見られるだろうかと危ぶみながら遊歩道に足を踏み入れた。

 川は健在でこんもりとした木々が幾重にも水面に覆いかぶさって深い森の様相を呈している。柵に寄りかかってみていると、明るい光が、ふわぁふわぁっと点滅しながら移動している。きれい! 幻想的! 感動が身の内をよぎる。
 だが分かち合う者がいない。そこに陽気な親子連れがやってきた。
「蛍はまだいますかー」
「いますよ、いますよ、ほら、あそこにもこっちにも」

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