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「800字文学館」

針供養のならわし

稲宮 健一

 針供養の慣わしは九世紀に清和天皇の時代に針供養のお堂が法輪寺に建てられたのが起源である。折れたり曲がったり錆びたりした針を、生き物のように儀式を通じてお礼の気持ちで終わらせる。常に神仏が身近にある日本ならではの風習である。針以外にも櫛や人形などの供養もある。このような日本の慣わしこそが、細かいところに気配りされる日本製品の原点であると、中央公論3月号の特集でハーバード大学の先生方が指摘している。

 高野山には昔の武将が敵味方の分け隔てなく祀られているし、企業墓(企業が建てた慰霊碑)もある。和を尊ぶ心と同時に、企業を生き物のように思う感覚が読み取れる。江戸時代の暖簾を守り続ける長寿企業が三千社以上もあることは世界でも稀である。日本企業では終身雇用が一般的だったので、その安心感が品質重視の姿勢に繋がり、平成の平らかな経済活動を生んだ。長期間に亘って腰を落ち着けて取り組むことで製品を愛おしく思うようになり、仕事に魂を打ち込む心が湧く。
 一方、米国の最先端企業「テスラ」(電気自動車の製造会社)には米国中の優秀な人材が押し寄せてくるものの、意気揚々と入社した人が短期間で辞めることがある。CEOのイーロン・マスクが総てを決めてしまい、社員の意見が反映されにくいので士気が上がらないことが原因の一つだとか。

 テレビやスマホなどの電子機器の裏蓋を開けて内側を見ると、電子部品用のプリント基板に数個のLSIが埋め込まれている。この小さなLSIが全ての機能を果たすのだ。もうここには自動車のように人の肌に触れる部分はなく、無機質なLSIを大量に製造するための設備投資がビジネスの勝敗を決めてしまう。家電各社の凋落は現場の知恵を押し上げる日本的な特徴を生かせないところに原因がある。しかし、AI用LSIは人間と常に会話し、多彩に使いこなされるハードである。その基本に立ち返り、かつてハードで世界をリードした匠とチームの和の精神を生かして令和の時代を盛り上げて欲しい。

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