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「800字文学館」

琵琶湖周辺散策

稲宮 健一

 五月の爽やかな季節に同期入社のお年寄り集団が琵琶湖周辺を散策した。長浜城、竹生島、比叡山延暦寺、石山寺、安土城址、彦根城の観光スポットを巡った。
 安土城址は二日目午後に訪れた。麓から天守まで二〇〇mあるので、息切れして登るのは御免と感じたグループは博物館に、あとの半分は山頂を目指して登った。
 登り口に棒きれの杖が置かれていて、早速杖を頼りに一歩一歩、自分の体重を感じながら石段を踏みしめ歩く。普通のお城であれば、石段の両側はお城らしい擁壁が在ったり、進むに従って頑丈な門があったり、目に変化を感じながら息抜きができるが、ここにはそのような構築物は一切残ってない。ただひたすら、自然石を少し階段用に加工しただけの石段が頂上に向かって続き、一息つくと踊り場があり、また向きが変わって同じような石段が続く。

 頂上に着く手前に広い空間があった。かつては大広間だった場所だろう。天守があったと思われる頂上に着くと琵琶湖が一望に見え、その向こうに比叡山を越え、都の方が見渡せる。都に向かって睨みを効かせる積もりだったのか。しかも、逆向きは尾張への道筋も繋がっている。麓にある資料館には一九九二年、バロセロナ万博で展示された朱塗り、黄金ずくめの五、六階建ての再現された天守閣(注)が移設され展示されている。安土山全体が権力の象徴として麓から見た時の威容が屏風画に残されいている。天守の頂上より一段下がった大広間を思わせる部分は天皇を招き入れる御座所だったのか。織豊、徳川と権力が移り信長の栄華を誇ったお城も今は長い石段しか残っていない。

 歴史にもしはないが、信長の天下が続いたら天皇を超える権力を握っていたのか、鉄砲を駆使し、フロイス等から聞いた切支丹などの別世界に関心を持ち、新しもの好きはどのような日本にする積もりだったのか。信長に謀反を仕掛けた光秀は逆賊か、暴走を止めた義士か、来年の大河ドラマは光秀が主役と聞いている。

注:朱塗り、黄金ずくめの天守の画像は「安土城、バロセルナ万博」のキーワードで検索すると見られます。

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