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「800字文学館」

異色の噺家

松谷 隆

 先日、日本文藝家協会編の『ベストエッセイ二〇一九』が発刊された。編纂委員の5名を始め、浅田次郎、五木寛之等合計76名の作品が掲載されている。その中に、昨年7月逝去の桂歌丸師匠の四番弟子の名前を見つけた。

 その名は、真打ちの桂歌蔵である。出身は大阪・境市、師匠の問を叩いたのは、1991年の暮れ、28歳の時のこと。
「それまで一度も師匠の落語を聞いていないのに、『弟子を取り扱っていますか』との珍電話をし、師匠から、『遅すぎる。下積みの大変さを教えるので自宅へ』と言われ、面会に。最後は師匠から『近所に部屋を借りてあげるから、引っ越しなさい』で内弟子に」と著書で述懐している。
 前座時代の逸話は師匠に無断でプロボクシングC級ライセンスを取ったこと。勿論、叱られ落語に邁進する。

 一方、小学生の時から作文が好きで、種々賞を貰っていた。
 入門前ロックバンド活動中、音楽雑誌にエッセイを投稿、入門後は大手雑誌社の新人賞を狙うも受賞できず、2005年真打ち昇格後、格闘技家たちとのインタビュー集、前座の苦労話や笑いの作り方などを出版。その後地方紙への応募を重ね、2017年には北国新聞主催の赤羽萬次郎賞優秀賞や藤本義一文学賞特別賞を受賞している。
 師匠逝去後は、小説に注力、今年3月に『よたんぼう』、6月には『廓に噺せば』を出版した。前者は中卒で弟子入り、二ツ目で師匠に無断の活動で破門、落ちぶれてインドを放浪中、救いの手で再起する話。落ちがすごい。後者は師匠の青年期までを彷彿させる人情味あふれる話である。

 真打ち直前の高座から見てきた本職の落語は師匠直伝の古典落語を聴かせる。年々進化を感じる。海外巡業にも熱心で、二ツ目でタイ巡業以来、16カ国で公演、英語落語もやる。去年はロシア、今年はインドネシア・バリ島で巡業をした。
 国内は、浅草・新宿・仙台の席亭のほか、大阪以外の地方巡業を欠かさない。

 こんな噺家ほかにいますかね。

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