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「800字文学館」

CD「フィガロの結婚」を聴く

川口 ひろ子

 連日の猛暑には閉口だ。こんな時は程よく冷房の効いた部屋に籠り音楽に身を委ねてゆっくりと過ごすとしよう。

 今回のCDはモーツァルトの「フィガロの結婚」。演奏はムジカエテルナ、指揮はテオドール・クルレンツィス。1972年アテネに生まれた彼はサンクトペテルブルク音楽院で学んだ後、ウラル山脈の麓の街ペルミ歌劇場の音楽監督に就任。商業主義の影響の少ないロシアの地で自ら創設した古楽集団ムジカエテルナを率いてほぼ20年間研鑽を積む。その成果を問うべく2014年CD「フィガロの結婚」をリリースして大ヒット、3年後にはザルツブルク音楽祭に進出し大反響を呼ぶ。更にウィーン、ベルリン他欧州各地でも絶賛を浴びる。新鮮で大胆な古楽奏法は音楽の新しい潮流を生み出したと評価され、今日最も輝いている指揮者と云える。

 従来「ロココの優雅の極み」と云われているオペラ「フィガロの結婚」であるが、クルレンツィスの打ち出した演奏はそれとは全く異質な表現だ。
 元気一杯の使用人フィガロが特権階級の伯爵をやり込めて新しい時代を切り開くという、この作品が持つ優美だけではない別の一面を、彼は力強いアクセントと鋭いリズムで、くっきりと描き出している。
 初演の1786年はフランス革命の3年前、彼のジリジリとして居た堪れないような攻撃的な演奏は、変革を待つこの時代の空気をズバリ表現していると私は思う。
 色彩感豊かな楽器表現をはじめ、ごく速めのテンポ、巧みな装飾音の挿入、大胆な即興演奏等が、徹底的に訓練されたオーケストラ奏者によって奏でられる。今生まれたばかりですと言わんばかりのモーツァルトの旋律線が、くっきりと描き出されているのが良い。
 録音に関しても、商業主義に翻弄されることなく一切の妥協を許さんかった様子を想像することが出来る。

 久しぶりのCD鑑賞、「過去の名盤が霞んでしまう」「世界が変わる」と評判のディスクとじっくりと向き合い充実の午後を過ごした。

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