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「800字文学館」

南北2500キロ

大森 海太

「はるばる来たぜ函館へ、さかまく波を乗り越えて」と言ったのは昔の話。3年前に北海道新幹線が開通してからは、東京駅から乗り換えなし4時間20分で終点新函館北斗駅に到着する。

 7月の3連休に息子一家が石垣島に出かけると聞いて、カミサンはその間孫の面倒を見なくてすむのでどこか遊びに行こう、そうだ函館がいいということになった。早朝東京を出て仙台から盛岡までは2時間ちょっと、八戸や青森を経由して歌の文句にある竜飛岬の少し手前から地下に潜り、まどろんだと思う間もなくぱっと明るくなったら、もう北海道であった。50年前、夜行列車と青函連絡船を乗り継いで函館までたどりついた経験のあるカミサンは、あまりの早さに感無量の体である。

 ところが今年は梅雨が長引いたため初日の函館は雨風でうすら寒く、翌日からは何とか持ち直して大沼公園や五稜郭のあたりを散策したが、函館山の頂上には終始ガスがかかって、お目当ての夜景は望むべくもなかった。そのかわり夜の食事は大満足で、当地の海の幸をふんだんに用いた寿司屋や、2日目の焼肉屋の超厚切り中落ちカルビなど、ゆっくり楽しめたわりに値段はそこそこ。昼間街中で見つけた北海道銘木の槐(えんじゅ)のマグカップとともに今回の収穫であった。

 3日目の夕方、港のそばの市場で買い物を済ませたあと、駅で酒の肴と晩飯を仕入れて新幹線に乗り込む。発車のベルを待つまでもなく、槐のマグにウィスキーを炭酸水で割り、北海道産のチーズをつまみにチビチビ始める。いつのまにか汽車が動き出し青函トンネルに入ったと思うとスマホが鳴って、石垣島の強烈な太陽の下、孫たちの水着姿の写真が送られてきた。日本列島の南北2500キロを隔てて、海の底までどのように電波が伝わってくるのか到底理解しがたいが、まあ考えても分かることではないので飲み続け、うつらうつらするうちにフト目覚めれば列車は早くも大宮駅を通過し、窓の外には大都会の夜景が流れている。

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