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「800字文学館」

キャバちゃんのお陰

平尾 富男

 今年の春、我が家を改築した。長男夫婦が「先行き年老いた両親が心配でそばにいたい」という口実で同居を提案してきたのがその発端だ。息子も嫁も四十歳を超えているし、共働きで子供がいないので静かで寂しい二世帯同居生活が始まった。老人夫婦は二階で生活し、息子夫婦は一階に住む。二人とも普段は会社勤めで忙しく、それぞれ残業や友人たちとの交際で帰りも遅いことが多い。

 息子夫婦が子供代わりに飼っている中型犬のキャバリアを二階に住む老婆が若(?)夫婦に代わって夕方の散歩に連れ出すようになっている。老爺は外出が多かったりパソコンの前から動けなかったりするのが日常なので、老婆の方が一人でダイエットのためと言いながら、嬉々として日常生活のルーティンの中に取り入れているのだ。飼い主たちも安心して夜遅く帰宅できると喜んでいる。
 このキャバリアは艶のある被毛と大きな垂れ耳が特徴的であり、何よりも賢くて飼い易いというのを嫁が特に気に入ったらしい。性格も大人しく愛嬌たっぷりなので姑の方も何かと面倒を見て可愛がっている。
 犬種のキャバリアには、本来英国の騎士道精神の持ち主、特に女性への礼を尽くす男性という意味がある。尤も我が家のキャバちゃんは御年八歳の雌犬であるから、お婆さんではないにしても立派な熟女犬なのだが。
 夕方の散歩係になっている老婆が友人と旅行に行くというので、老爺が急遽キャバちゃんを散歩に連れ出した。田園地帯が広く残っている我が家の近くの川沿いをキャバちゃんに引かれて歩いていると、前方からシェパードと思しき大きなお犬様を連れた中年の女性が近寄って話しかけてくる。犬の方も妙に馴れ馴れしいから、時々散歩で出会っているのだろう。
 自分よりずっと若く優雅な雰囲気の女性を相手にしたら、老爺は平常心での会話が覚束ない。でも、こんな出会いがあるなら、これからも度々キャバちゃんの散歩を買って出てやろう、と内心思う老爺だった。

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