日本の場
ラグビーワールドカップの試合には興奮する。多くの外国地縁の人が日本チームメンバとしてボールを抱え、突進し、タックルし、横一列でパスし、ゴールを目指す。
物理学に場の理論がある。我々は地球の重力場の中にいて、質量のある体は常に地球の中心と引き合っている。電気だと、電荷という電気の粒から放射状に電気力線が広がり、この電界(電気では場でなく界という)の中に逆符号の電荷があると、重力場同様に電荷間に引き合う力が働く。
従来の観念では日本チームと言えば、国に血縁がある人で構成されていた。しかし、ワールドカップのチームは日本が持つ場による縁、あるいは場を愛する人々のあつまりだ。そして、これからは日本の場を世界に広く知ってもらうのが、日本に大切なことのように思う。日本の場は神代の昔から住んできた人々の生き様で作られた固有の文化によって造られた。その血縁を持つ人を日本人と思うことに疑いを持たなかった。
これからは血縁だけでなく、日本の場を愛する人を日本人として受け入れていかないといけない。少子高齢化の殻を破るため場の力で仲間を増やそう。日本の場に馴染でもらうため、第一歩として日本語リテラシーの習得が個人レベルでできる優れものIT支援への投資が必要だ。文字が頭に入らない翻訳機ではだめだ。同時に国土の場として平和で安定していることが必須である。
七日にノーベル生理学・医学賞が米英人に与えると発表された。戦後、米国は多くのノーベル賞受賞者を輩出している。しかし、かつて科学の中心地は欧州であって米国ではなかった。第一次世界大戦以前はパスツール研究所、マックス・プランク研究所、ケンブリッジ大学などに米国人が留学に来ていた。しかし、戦争による国土の荒廃、民族浄化などが重なり、多くの研究者が米国に移住した。その結果として、第二次世界大戦後科学の中心が米国に移った。平和で多様性のある文化の環境が大切なことが分かる。