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「800字文学館」

私の南アフリカ

安藤 晃二

 ラグビーワールドカップで南アが立ちはだかった。こよなく愛すべき、何十年も前の思い出に満ちた国がまた眼前に現れた。と言っても、私は南アを訪れたことはない。

 全て商事会社入社時代の数年間のストーリーである。私は鉄鋼輸出部門でステンレス鋼の販売を担当した。ステンレス鋼は特殊鋼の一翼を成すが、機械部品用合金鋼等に比し、圧倒的に消費者向け用途が多い。銀色の輝きも実に好ましい。担当した南ア取引では船積み件数も多く、ヨハネスブルグで孤軍奮闘する駐在員相手に繁忙の日々であった。横浜、神戸から、船はダーバン港へ、また同じ経済圏の隣国ローデシア向けはモザンビーク揚げとなる。

 ある日、316Lタイプの高級ステンレス鋼板二トンを受注する。炭素成分を押さえ、モリブデン入りの超腐食対応品質だ。用途は海岸の別荘地で、窓の手動ルーバー用、潮風対策である。この国の文明度が思われた。英蘭系の白人社会が支配する国である。一方日本は、高度成長初期、未だ貧しいながら、全世界市場への経済進出に邁進した。

 時折、主要バイヤー幹部が来日した。南アからの来訪客は何故か夫人帯同が多い。その服装、立ち居振る舞い、上品な「外人」接待には、デュッセルドルフ帰りの我M課長が登場する。M氏よりこの様な場での英語と社交術を学んだものだ。田村町に「みその」というステーキバーがあり、絶品の神戸ビーフが「外人」達の心を鷲づかみにする。お客からデザートの要望が出た。「丸い大きな果物、皮を剥くと白い実がとてもジューシーな」、M氏が私に「君、何だろうか?」、「ニ十世紀梨ですよ」。朝ホテルで食べた美味の復活に夫妻は大満足であった。今夜はこの後のキャバレー行きがない、ホッとして夫妻をホテルに送り届ける。
 実は、何たる錯誤、キャバレー、ナイトクラブへは、欧米では夫人同伴が常識であるが、それと知るのは、随分経ってからのことであった。もっとも、銀座とパリの夜を単純に比較できないのも事実である。

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