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「800字文学館」

坂東三十三観音

大森 海太

 昨年に続いて今年も観音めぐりの一泊旅行。初日は高崎駅集合、十人でレンタカーに分乗してまずは榛名山麓の長谷寺へ。いつものようにお参りをしてから記帳してもらうのだが、無愛想な寺男が郵便局のスタンプのようにご朱印を捺すのでがっかり。次の水澤観音は伊香保温泉が近いこともあって賑わっており、扱いも丁寧だ。水澤うどんの昼食のあと、ついで参りで観音さまならぬ榛名神社にも参拝。渓流に添って参道が延々と続き、爺さんたちはアゴを出した。夜は高崎駅前でお待ちかねの懇親会。昼間の疲れもどこへやら、神さまも仏さまも忘れて盛り上がる。

 翌朝も天気晴朗。両毛線で前橋から伊勢崎、桐生、足利、佐野と関東平野の北端を東に二時間、栃木駅で小さなバスに乗り換え、石灰石を切り崩した無残な姿の山道を一時間、ようやく出流(いずる)観音に到着した。本堂にお参りしたあと、奥の院まで急峻なガレ道をぜえぜえ喘ぎながら、これでこそ御利益があるんだと言い聞かせて登ること二十分、やっとの思いでたどりついた洞窟には仏さまらしき鍾乳石が佇んでおり、思わず百円玉を奮発する。

 栃木駅に戻ると、往きにも感じたのだが駅前には飲み屋ひとつなく人通りもほとんどない。日曜日のせいかどの店もシャッターを下ろして静まりかえっている。帰りの東武電車に乗ると皆ぐったり、車中で居眠りしているうちにいつの間にか終点の浅草に到着。

 ところが駅から一歩踏み出すとそこは人、人、人。若者から年寄りから、男も女も日本人も外国人もごったがえしているなかを、人波をかきわけて合羽橋に近い居酒屋に繰り込んだ。昔の呉服屋を改造したという店の木造の階段を上がると、板の間に小さなちゃぶ台が並んでいて、威勢のいい江戸前のお姐さんが二、三人、テキパキと注文をさばいている。我が一行もビールだ酒だ肴だなんだと言ううちに元気が戻ってきて、またしても大盛況、昔のお伊勢参りもかくやとの打ち上げになった。めでたし、めでたし。

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