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「800字文学館」

根気のいる仕事

野瀬 隆平

 一年間におよそ3万人が見学に来るという工場を訪ねる機会がやっと来た。
 バスが到着したのは、モダンな建物の前であった。
 これが、産業廃棄物を処理する会社だというのだ。通常は、周りの住民から嫌われる施設で、この工場もかつては騒音と粉じんをまき散らして近隣の人たちから非難を浴び、一時は経営の危機に直面したこともある。
 それが、今や劇的に変わって、周りの人たちに愛され信頼される工場となった。最大の変革は、すべての作業を屋内で行い、環境を壊すものを一切外部に漏らさないようにしたことである。
 作業そのものも出来る限り自動化し、働く人にやさしい環境にしようとの配慮が随所にみられる。例えば、ブルドーザーなどの機器類も、エンジンの排気ガスが屋内にこもらないよう電動のものをメーカーと共同で開発し使っている。天井に這わせたケーブルから電線が垂れ下がって機器類に繋がっているので、それと判る。

 しかし、自動化といっても限度がある。最終工程の細かい選別作業もその一つだ。廃棄物の処理過程で木材や金属はほぼ取り除かれているが、ガラスの破片や細かい金属片など、どうしても最後まではねられずに残ってしまう。
 そこで、コンベヤーで運ばれてくる土砂の中から、人間が目で瞬時に判断してつまみ出すという根気のいる仕事が必要になってくる。見学通路のガラス窓越しにその仕事ぶりを注視していると、案内人が説明してくれた。
 この作業、並の人間では集中力を維持して長い時間続けることはできない。次第に選別がいい加減になり、途中で仕事を投げ出してしまうことになる。
 しかし、このような仕事にも取り組める人がいるという。アスペルガー症候群の人たちである。特定のことに強い関心を持ち、細かいことを見逃さずに、単純な反復作業でも、いとわず長時間集中して出来るのが特徴なのである。

 この工場は、そんな人たちにも活躍する機会を与え、社会から認められる場を作り出しているのである。

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