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「800字文学館」

吟行&台風の余波

内藤 真理子

 十一月の初めにペン俳句の吟行があった。当日は晴天。
 目的地の仙石原すすき草原は台風十九号で被災してごく一部分しか入れない。入り口の緩やかな斜面を登ると人の手で修復してあったが、五百メートル位行くともう通行禁止になっている。被害の大きかったことが伺える。だが両側のまだ青く開きかけでしっかりとした穂や遠景を見ていると力強く美しく、被害に遭ったようには思えない。
 広大な芝生のように見える白から淡い緑の濃淡のすすきや、その一角に縁取りのようにまっすぐに天に向かって並んでいる黒から深緑のコントラストが際立つ杉木立。眼下の斜面ではすすきがわずかな風になびいて一塊になって様々に動くさまは大海原のようにも見える。
 始めたばかりの俳句ではあるが、ただ見るのと句を考えながら自分の世界に入り込んで見るのとでは風景が全く違って見える。
 句会では私が見たのと同じすすきに冬の訪れを予感したり、山の稜線を描いたり、はたまた白き手がおいでおいで、などと表現されていたり、思い返してもう一度すすきが原を堪能した。
 宿の温泉は台風の影響で止まっていたが、大きな檜の風呂の溢れ出る湯船につかれば極楽、極楽。
 翌日は箱根登山鉄道が動いていないので、バスで御殿場迄出て JRの国府津経由で小田原に行くことにした。ホームに出ると〈区間列車〉と表示がある。
 そう言えば、これは以前当クラブの「何でも読もう会」で取り上げた『第一阿房列車』(内田百閒)に出てくる〈区間阿房列車〉の路線である。思わぬところで機会に恵まれ、昔風のシンプルな車両に乗り込むと、青いシートで直角背もたれの四人掛けボックス席。動き出す列車の窓から見える双子山や富士山がガタゴトと遠のいて行く。本に出てきた山北駅にも停車。トンネルも通った。
 阿房列車の百閒氏はたしか私達とは逆方向で国府津から沼津に向かって乗ったのだが、雨に降られて富士山は見ることが出来なかったはずだ。
 台風の余波の嬉しい余禄だった。

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