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「800字文学館」

ノルウェーの旅5 トロンハイム

志村 良知

 1998年5月27日午後。
 ドンボースは、首都オスロと王室ゆかりの古都トロンハイムといういわば東京と京都を結ぶノルウェー国鉄の幹線の主要駅である.その駅に2時間列車が来ないとは此はいかに、しかし事実である。ノルウェー列車・バスの旅は予定を1本逃すとその日の内のリカバリーは不可能、新しい旅程を組みなおさなければならなくなる。
 ドイツ人バックパッカーと並んで待っているホームに赤い電気機関車に牽かれたオスロ発トロンハイム行が威風堂々入ってくる。
 列車は、標高1000mあまり、野辺山辺りが延々と続くような春まだ浅い高原を行く。駅前のオープンカフェに寛いでいる人たちがいる。彼らにとってはもう夏なのかもしれない。
 列車は高度をさげ、春が深まるのとともに港町トロンハイムへ。

 駅前から、半年に一回は訪問する顧客のオフィスが見える。元は倉庫で重要文化財だという運河に面した木造5階建で、ミーティングには大きな犬が2頭同席する。最初の訪問時には彼らの餌だという麻袋に入った干し魚を見せてくれた。ジャック・ロンドンの犬と同じものを食っている、と感心したものである。

 ガイドブックにあるシーフード店を予約してからトロンハイム見物に出る。どこに行っても寒い。赤い古い橋、戴冠式が行われるニダロス大聖堂などの名所数か所を駆け回る。寒さに耐えきれず早めに転がり込んだレストランは既に満席で、お喋りと湯気に満ちていた。
 白夜の中を駅に戻ると夜遅いのに大勢の人がいた。いきなり日本語で話しかけてきた女性がいて驚かされる。静岡出身で結婚してこちらに住んでいるのだという。「ストでダイヤが乱れていてまだ家に帰れないのよ」
 びっくりして「私たちはボードー行に乗るのだ」というと、親切にも駅員に聞いてきてくれた。「長距離列車は予定通りですって」
 白夜のホームでは赤ちゃんを抱いた女性と爺婆が泣き笑いしていた。この続きは以前800字文学館に『寝台車は北極圏へ』として書いた。

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