作品の閲覧

「800字文学館」

斜め発射

稲宮 健一

 ロケットの飛翔安全を含む宇宙の講演のメールを受信した。この分野の日本での事始めに関わった者の昔話です。
 飛翔安全とはロケットが射点から打ち上がり衛星軌道に到達するまでの間のいずれの点で爆発しても落下物が地上に危害が及ばないための安全措置をいう。昭和四五年頃実用に供する大型の宇宙開発を目指す宇宙開発事業団が発足した。一方東大宇宙研の糸川教授達が内之浦で学研的なロケット研究で実績を積んでいた。

 筆者は合弁会社三菱TRW(MTRW)に勤務していた。本格的な大型ロケットの飛翔安全技術パッケージを売り込む営業活動を開始した。TRW社は米国で実証された技術を持っている。MTRWとTRWの技術者がこの件で事業団の飛翔安全担当の部長を訪ねて提案の全貌を説明した。『分かりました』という応答だが、明くる日、事業団の返事を伝えに見えた。内之浦射場では飛翔安全のための特別な対策は建てない。日本のロケットは天頂から海に方に斜めに傾けて発射しているので、もし、打ち上げ後、途中で失敗してもロケットは海に落ちるので危険はない。提案のような大掛かりな措置は前例がないので、予算獲得の説明ができず採用できないと断る返事だった。
 これを聞いたTRWは斜めに発射するから安全は全くナンセンス。それならと、打ち上げが如何に危険かを知ってもらうため、射点でロケットが紅蓮の炎を噴いて爆燃する映像の記録映画を沢山の事業団の職員の前で映写した。次の日担当部長がMTRWの提案を受けますと連絡してきた。

 実用の開発では不測の爆発で落下する破片で人に危害が及ばないように危険区域の設定や、あらぬ方に飛び出したり、他国に落下する危険がある場合は緊急にロケットを自爆させるなど安全処置をとる。このためのパッケージは一群のソフトウエアの計算手段とこれらを実現させるレーダ観測網や、破壊指令設備などから成る。安全装置のないロケットは弾道ミサイルになってしまう。

TRW社はロス郊外にある軍事、宇宙の優秀な技術を誇る最先端企業

作品の一覧へ戻る

作品の閲覧