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「800字文学館」

「袋田の滝」初訪問

安藤 晃二

 紅葉の盛りの十一月、「袋田の滝」を訪れた。終に懸案の日本三名瀑をカバーしたことになる。当日は時々時雨の来る、理想とは程遠い天候であった。那珂で常磐道を降り、滝の在る大子町までの四十キロをのんびりと走る。運転も独りでゴルフ場へ遠出するのとは大違い、今日は妻が一緒なので、休み休み、睡魔に襲われることもない。久慈川沿いに山々が迫る辺りとなると、鮮やかな紅葉、柿の実る農家の風情が温かい。ナビお姉さんのお蔭で緊張感から解放された運転手は、難なく目的地へ。十年後なら、睡眠中に自動到着劇か、などと夢が躍る。

「滝川」を渡り滝の入口に向かう。谷間の紅葉を見せてくれる古木の大きさ、敷き詰めた落葉と苔の緑、彩りの妙に感動する。滝に至る直前、百数十メートルのトンネルを歩く。横道から、ぽっかり開いた岩窓にブロンズのオブジェ、「恋人の聖地」とある。そのオシドリをモデルにした彫刻の背景にあるもみぢの錦が、ドームに縁どられ、実に相応しい。

 トンネルの奥、突然滝が驚愕の出現をする。四層に亘る巨大な滑らかな石の肌を、水が降りて来る。白絹の帯をはらりと架けた体で、その広い横幅を、細く、また広く流れ続ける。1500万年前の地層であるという。両端の紅葉が心憎い。他の二名瀑「華厳の滝」と「那智の滝」では水は岩から垂直に落ち、遠景、近景と近づくにつれ、水量の激しさが売り物となる。更に日光、熊野という歴史的事物が景を支える。「袋田の滝」は誠に「滝そのもの」の迫力で勝負をしている。
 その昔、この地を訪れた西行は、この滝は季節に一度ずつ訪れなければ真の風趣は味わえないと述べた。「花もみぢ経緯にして山姫の錦織出す袋田の瀧」の一首を残す。西行にあやかり再訪したい。「一度で十分」とは妻の弁。

 滝を後に大子温泉の宿へ。名産づくしで、夕食にはしゃも料理、湯船には一面真っ赤な林檎が浮いていた。早朝の温泉から八溝山系を眺めつつ一句、

奥久慈や早暁に輝る冬紅葉   晃二

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