菊一座令和仇討
国立劇場令和二年初春歌舞伎公演を見た。お正月気分を醸し出す劇場の心遣いがまず目に入った。正面の大きな松飾りから始まり、中に入ると、人垣ができて獅子舞を取り囲んでいる。聞きなれた太鼓のお囃子が淡々と続く。取り囲む人のここかしこに着物姿の色添えが絵模様のようである。
演目は「菊一座令和仇討」で四幕九場の場面展開である。序幕は鎌倉金沢瀬戸明神の場から始まる。物語の筋は鎌倉幕府、頼朝の嫡男頼家にお目通りが許される大江広元の嫡子の千島之助と非嫡子の志摩五郎の跡目争いである。場面は鮮やかな朱色の大きな鳥居の前のひな壇上に頼家と烏帽子姿の家臣、下段に大江家の跡目候補の二人が並ぶ。しかし、千島之助は嫡子の証である「陰陽の判」を手元に持ってない。跡目を狙う志摩五郎が隠した。その争奪戦が粗筋である。
これから奇想天外な争奪と仇討が展開する。十八世紀、文化文政期の鶴屋南北の作品である。初めの情景は鎌倉幕府、曽我兄弟の敵討ち、そこに白井権八、幡随院長兵衛や、鈴ヶ森刑場がでてきたり、鎌倉と江戸がごっちゃになって面白おかしくどんでん返しが続く。南北特有の綯(ない)交ぜの筋書きとのこと。
多分当時の人にとって、白井権八、幡随院長兵衛と言えば、馴染み深い歌舞伎の役柄で名前を云えばイメージが浮かび上がる。ただ武家の争いはずっと以前の話しと設定すれば、お上から変なお咎めがない。そして、主題の仇討を今の政でなく、鎌倉時代に移したのは庶民の知恵か。江戸の錦絵には二本の花道があり、両脇の枡席で物を食べ、飲み、ヤジを飛ばしながら芝居を楽しむ様子が描かれている。それが歌舞伎の原点だ。
今まさに、菊五郎扮する幡随院長兵衛、菊之助扮する白井権八が舞台奥の花道から現れ、スポットライトを浴びて見栄を切り、その頂点で「音羽屋」の掛け声飛んでくる。お正月の気分が盛り上がった。幕間の途中で豪華な緞帳の開示があった。舞台を重々しく飾る中々の趣向だ。