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「800字文学館」

小人閑居して……

内藤 真理子

 めっきり寒くなって来た。朝、起きぬけに布団を去り難く、ついつい口をついて出る言葉は〈世の中に寝るほど楽は無かりけり世間の馬鹿は起きて働く〉
 ひとたび呪文のように唱えると更に起きる気力がなくなり、掛け布団をずずっと引き上げて口のあたりまで持ってくる。目が覚めているのに布団のぬくもりに包まれて、〈果報は寝て待て〉なんていうことわざも、頭をよぎる。
 〈棚から牡丹餅、濡れ手に粟、カモは葱を背負ってくるんだ〉と、次々頭に浮かぶのは、楽をしていい思いをするものばかり。
 こういうのを怠惰っていうのだろうな~と、のろのろと起きだす。
 怠惰、怠惰……どこかに『悪魔の辞典』(A・ビアス著)があったはずだと捜しだす。
 今日は何の予定もない。連れ合いは旅行に行っているのでたった一人。腰を据えてページをめくる。
 怠惰 =悪魔があたらしい罪なる種でもってさまざまな実験を試み、かつ、主要な悪徳の成長を促進させるところの模範農園。
 そうかぁ、怠惰でいると悪魔が忍び寄って、仕事をさぼらせたり、働かなくても、あぶく銭なんかが入って来るような悪知恵が浮かんできて、自然に悪の道に引きずり込まれるのだろうか?
 何を、たわごとを!
 たわごと=すばらしい出来栄えの本辞典にたいして唱える異議の数々。
 お見通しでした。しからば、
 希望 =欲望と期待とを丸めて一つにしたもの。なぁーんだ、まともな答え!
 つれあい=女房(夫)つまり、より大きな半分ならぬ、恨み重なる半分。
 フムフム、本質をついています。
 憎しみ=他人が自分より立ち勝っている場合にふさわしい感情。
 幸福 =他人の不幸を眺めることから生ずる、気持ちの良い感覚。
 だんだん虚しくなってきた。友達がいないから暇なのだ。
 友のない=人に施し得る恩恵を何一つ持たぬ。富に見放された。もっぱら真実と常識を口にする悪癖のある。全部私に当てはまるではないの。冗談じゃないわ。これぞまさしく〈小人閑居して不善を成す〉だった!

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