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「800字文学館」

オリンピックへの期待

野瀬 隆平

 東京オリンピックが迫ってきた。代表に選ばれた選手たちも、本番に備え懸命に努力していることであろう。
 そこで思い出されるのが、前の東京オリンピックで銅メダルを取ったマラソンの円谷幸吉のことだ。続くメキシコ五輪でもメダルを取ってくれるであろうとの期待を一身に受けていた円谷が、開催される年に入って自ら命を絶ったのである。理由は単純ではなかろうが、何としても国民の期待に応えなければという、精神的な重圧が要因の一つであったことは想像に難くない。
 近ごろの選手たちは、少なくとも表面上は「大いに楽しみます」と云っているが、過大な期待を負担に感じている選手もいるのではなかろうか。
 ここで、少々気がかりなことがある。日本オリンピック委員会がそのホームページで、オリンピックに向けて日本国民が全員団結し、積極的に参加しよう、「がんばれ!ニッポン!」と檄を飛ばしていることだ。
「全員団結」と書かれた赤い文字が、先ず目に飛び込んでくる。本文も、すべて赤のゴシック体である。

団結。それは人々が力を合わせ、強く結びつくこと。
みんなが待ち望んだ、東京2020オリンピック。
じっとしていても、何もはじまらない。
勇気を出して、オリンピックに参加しよう。
そうすればきっと、あなたの中で何かが変わる。
みんなで手をつなげばきっと、ものすごい力が生まれる。
心をひとつに、全員団結!
さあ、いくぞ。がんばれ!ニッポン!

 協力しないと許さない、と云わんばかりだ。内容のみならず、スタイルまでが何とも高圧的である。
 それにしても、円谷が両親と家族に宛てた遺書は忘れられない。

父上様 母上様 三日とろゝ美味しうございました。
干し柿、もちも美味しうございました。 ……で始まり、
幸吉は父母上様の側で暮らしとうございました、で結ばれている。

 再び円谷のような悲劇が繰り返されるとは思わないが、オリンピック本来の精神に立ち返り、世界の多くの人たちが喜び合える祭典となることを期待したい。

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