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「800字文学館」

マリコ

中村 晃也

 大柄な、でも可愛い女の子が部長秘書兼庶務担当として配属された。葛飾生まれの利発でキップのよい、典型的な下町娘であった。毎日朝八時には出社し皆の机の上などを拭いていた。十二月になって酉の市で入手したといって大きな部名入りの熊手を会社に持ち込んだこともあった。みな呼びやすいので苗字を呼ばずにマリコと名前を呼び可愛がっていた。

 会社の事務室では窓を背にして部課長の机が並び、一人がようやく通れるほどの通路を挟んで、部員の机は向かい合わせに配置してあった。マリコの席は部長の私の左前方に位置し、彼女が椅子に座ると机の下の長い足が私の席から丸ごと見えるのであった。
 部下の一人がふざけて私の席に座った際に彼女の足を見つけて「部長席はなかなか眺めがいいですな」と言ったので私の密かな楽しみは翌日から消えてしまった。彼女が机の横にでっかいJALのカレンダーを貼ってしまったのである。

 ある時部員と一杯飲んだ際、「私は朝の九時から午後六時までは真面目に仕事をする。午後六時から九時まではチョット飲むから少し不真面目になる。夜の九時以降は自分でいうのもなんだが相当すけべえになる」と述懐したところ、マリコから強烈な反論があった。
「部長、失礼ですけど部長は朝九時からずっとすけべえのままです」と可愛い顔で懸命に主張する彼女を見て、居合わせた部員は良くぞ言ってくれたとばかり満足そうに乾杯していた。

 そんな彼女が結婚退職し、間もなく子供が生まれた。その時のマリコからのかっての上司である私への連絡は衝撃的なものであった。なんと生まれた男の子に私の名前をつけたというのである。「とても良い名前なので部長には無断で頂きました。ご了承ください」
それからの一時期、部内ではヒソヒソ話が絶えなかった。私は女房にどう事態を説明したものか正直当惑した。

 PS:その晃也君はある化学会社に就職が決まった。マリコはカラオケ教室の先生をやっていると書いてきている。(完)

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