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「800字文学館」

マザー牧場

大森 海太

 去年の暮の寒い日、息子夫婦と二人の孫娘のお供で、カミサンと私は内房のマザー牧場についていった。午前十時ごろ到着したのだが、山の上の牧場は凍えるほど寒くて、早くもホテルで熱い風呂のあとイッパイやることを想うばかりである。これに反して子供たちはいたって元気で、そこら中を駆け回っていたが、やがて建物の中で羊のショーを見ることになった。中央の舞台に二十種類くらいの羊が次々に連れてこられて、丸々と太ったのや鼻の黒いのや、こんなに多くの種類があるとは知らなかった。こちらは高級な羊毛が取れるメリノ種、これは肉が美味い〇〇種、次は繁殖力旺盛な××種などと紹介があって、最後は毛を刈り取るところを見せてくれる。一頭が引き出され、熟練のおじさんが大きなバリカンのようなもので、二~三分で丸刈りにしてしまう。

 このあと子供たちは小さな馬に乗って一周したり、昼食の後は山の上の牧場で山羊やアルパカの背中を撫でたりしたが、そこで賢い犬が羊たちを柵の中に追い込んでいるのを一緒になって見ていると、私はなにやら中央アジアの草原にいるような気分がしてきた。古来各地を駆け回った遊牧諸民族にとって、羊は文字通り命の綱であったに違いない。つづいて入った牛舎では大きな黒毛和牛が十数頭、薄暗い中でひっそり休んでいる。柔らかい霜降りになるよう、外には出さないそうだ。

 いや、人間は有史以来、なんといろいろな動物のお世話になってきたことか。このほかにも馬やラクダは、一九世紀に内燃機関が発明されるまで、輸送や戦争には不可欠の存在であった。そればかりか、最近ではネズミやコオモリのご厄介になったあげく、とんでもないシッペ返しを喰らって収拾困難に陥っているていたらくである。二〇世紀後半は石油の時代、二一世紀になるとヤレ6Gだ宇宙開発だなどと偉そうにしているが、動物たちのことを思ってもうすこし謙虚になったらどうか。寒さに震えながらそんなことを考えていた。

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