雑誌「キング」の付録
小さい頃、講談社の雑誌「キング」の付録で明治維新から昭和初期の間の主な社会の事柄が描かれた画集を覚えている。調べると、昭和六年、新年号の付録だった。江戸無血開城から始まり、街に架けられた電信線、汽車一号、鹿鳴館の舞踏会、初の帝国議会、銀座に輝くアーク灯、関東大地震、東洋初の地下鉄の開通などである。この中で、明治二年(1870)に東京、横浜間で本邦初の電信線が電信柱に架けられた時の庶民の様子に注目した。まだ丁髷頭の男が電線の下で、針金を通して遠くのことが分かるのはキリシタンの魔術に相違ない。夷狄の下を通ると汚れると頭の上に扇子をかざして電線の下を通っていた。
最近、文芸春秋社出版の「反日種族主義」に1993年、金泳三政権は鉄杭を抜く国家事業を行ったと書かれている。理由は日帝時代に倭人が朝鮮の地から人材が出ないよう名山に鉄杭を打ち風水侵略したことがあったので、これを正すため、この鉄杭を抜くことを大々的に騒ぎたて実施した。どうやら、その噂の元は戦前に内務省か参謀本部が当時国内であった韓国の高い山の頂上に三角点を設置した。その活動が漠然とした噂で広まり、まだシャーマニズムの色濃い韓国社会に伝わった。得体の知れないのもが身近に浮遊すると気持ちが悪い心情は分かるが、まるで付録の電信線の場面のようだ。この二つの事柄の間には百年以上の開きがある。日本が引揚げた後でも、韓国に国土地理院相当の公の機関があるはず。少なくとも、国土の正確な地勢を管理している官吏は活動の意義を理解しているはず。しかし、三角点設置の意義が政府機関全体に正確に伝わらなかった。さらには、政府から国民全体に正確な情報が伝わらず、一時代前の風水の古い因習と、反日が結びついた事柄とか。 特に不思議に思うのはこのような案件に国費を使うことや、対外的に合理的な説明ができない行為に対して報道機関が現代に合う助言を記事に書かなかったのは理解に苦しむ。
この付録は後日ヤフオクで出品されていたのゲット。また、国会図書館のディジタル・アーカイブに所蔵されているので、全国の図書館で閲覧できます。